第24話

「おいこら! キョウカ! 俺が大事に育てたハラミだぞ!」


「バーカ! 油断したお前が悪いんだよ!」


「その……貸し切りだからって騒ぎ過ぎじゃないですかね……?」


「ユキさんは気にしすぎなんじゃない? 気にしなくていーと思うけど」

 

 ぎゃいぎゃい。ワイワイ。皆が楽しそうに肉を食べていた。僕が戻った頃には皆ある程度食べていたのか、いくつかの空き皿が置いてあった。


「おー、遅かったな。もう大分食べちまったよ」


「俺はいい、涼がどれだけ食うかだな」


 佐藤さんに手招きされ、僕は空いている佐藤さんの隣に腰を下ろした。金網に置かれた赤いお肉は気持ちいい音で焼かれている。


「よーし、涼。特別に俺が育てる肉を食わせてやるぞ~」


「あはは、ありがとうございます」


 佐藤さんは一枚一枚丁寧にお肉を焼いていた。その間にキョウカさんと猫街さんは競い合うようにお肉を頬張っている。猫街さんは結構キツそうだけど、キョウカさんはまだ余裕そうだ。

 他の皆は自分のペースで食べているようだし、各々楽し気に話している。


「その焼き方ズルくないかい?」

 

「お前にもできんだろ」


「やだな、妖術ってそんなにコントロールできないんだよ」


「っは、九尾の狐の名が泣いてるぞ」


 僕も佐藤さんがしっかり育てたお肉をいくつか食べていたところ、篠原さんが座った席辺りで盛り上がりを見せている。席が離れていたから覗くようにして見てみると、まだ焼けていないお肉をお箸で取り、金網に置かずして焼いている篠原さんがいた。


 魔法を使っているのだろうか。お箸に掴まれているお肉は火に包まれ、ものの数秒でいい焼き色に変わっている。その焼かれたお肉は篠原さんの口に運ばれずに、隣に座る宮瀬さんのお皿にどんどん置かれていった。


「こんなに食べられないんだけど……」


「俺も食べるから」


 渋々と食べ進める宮瀬さんを横目に、次々とお肉を焼く篠原さん。宮瀬さんが一枚食べる毎に二、三枚焼き上がっている。どんどん積みあがっている肉の山に僕は苦笑をもらした。


「涼。あんな雑な焼き方より、俺が丹精込めて育てた肉の方が美味いと思うんだ」


「き、きっとそうですよ‼」


 しょぼんとした顔で呟いた佐藤さんに僕は必死にフォローした。佐藤さんが焼いてくれたお肉はいい焼き加減で美味しいのだ。けれどもパフォーマンスとして負けているのが悔しいのだろうか。


「佐藤。肉」


「うぉい⁉ 俺のミルフィーちゃんが‼」


 佐藤さんが育て終えたお肉。佐藤さん曰くいい出来になりそうだから『ミルフィーちゃん』なんて名前を付けていたお肉。名前を付けたら食べにくいんじゃないかな。なんて思うお肉をいつの間にか背後に来ていた篠原さんに奪い去られていった。


「ん、美味いな。これ、お礼」


「俺の、ミルフィーちゃん……」


 よよよ。なんて泣き真似。いや、本当に落ち込んでいるかもしれない佐藤さんのお皿に金網で焼かれていないお肉。佐藤さんが言うに外道のお肉。略して外道肉を佐藤さんのお皿に置いて篠原さんは自分の席に戻っていった。


「っ、美味い……ちくしょう。俺のミルフィーちゃんの方が美味しかったんだ。絶対」


 悔しそうに外道肉を食べる佐藤さんは許すまじと篠原さんに視線を向けていた。



 ◆


 

「ん。確かに受け取った」


「お願いします」


 蓮くんに別れを告げ、焼肉を堪能したその日の夜。僕は篠原さんの部屋に行き書類を渡していた。

 篠原さんたちから貰った僕の今後を決める書類だ。篠原さんは静かに目を通し、息を吐いた。


「……新しい籍は用意しなくていいのか?」


「えっと、後でもいけるって佐藤さんが教えてくれたので、今は一旦置いておこうかなって」


「まぁ、面倒だもんな」


 書類の中にあった新しい籍を得る為の書類。手続きに必要な過程が多すぎたのと、後でもできるという点で一旦後回しにしていた。書類作りを手伝ってもらった佐藤さん曰く、名前を変えたりしないと問題がある人の為の処置のようで実際に名前を変えたり、籍を新しく用意した人はここに住む人たちでも一人、二人ぐらいならしい。


「後は政府の方で見て貰えばいいか」


 書類を見るのは飽きたのか、最後まで書類をめくらずに封筒の中にしまっていた。そんなに雑でいいのだろうか。佐藤さんと書いたときは凄く真剣にしたのだけれど、佐藤さんが手伝ってくれているのを知っているから信用しているのかもしれない。


「最後に聞きたいんだが、蓮って奴と話したろ? どうして残るって選択をしたんだ」


「……本当は戻ってしまいたいって思いました。あんな、いい友人との関わりを無くすのはとても辛いなって」


 残るという選択肢を取る。そう伝えたことろで佐藤さんに言われたのが、友人関係も全部捨てないといけない。というものだ。そこまで考えずに篠原さんに戻らない。と言ってしまっていたのだが、佐藤さんの説明を聞いて思わず揺らいでしまった。

 僕の身勝手な行動にも関わらず、自分の事のように考えて心配までしてくれた蓮くん。彼を裏切る行為な気がしてしかたなかったからだ。


「でも、それ以上にここが心地よかった」


 最低だと自分でも思う。心配してくれる唯一だった友人を捨てて、自分の幸せを取ってしまったのだから。

 そんな自分が、そんな行動をしてしまった自分には蓮くんの隣に立つにふさわしくない。そう考えに至った。


「最低ですよね」


「別にいいんじゃねぇのか」


 篠原さんはため息交じりに言った。僕の考えには見向きもしていないようで、持っていた封筒を魔法陣の中に消してしまった。


「まだマシだ。それを罪悪感として持てるならな」


「そう、ですか」


 僕の言葉には無言の返答が送られた。篠原さんの深く息を吐く音が部屋に満ちる。

 緊張が走った。無意識に背筋が伸び、僕の視線は行き場を求めて彷徨っている。


「さて」


 ぱんっ。と手を叩く音が聞こえて僕は思わず篠原さんの方に視線が吸いよっていく。


「お前の後悔なんざ一旦置いておこう。とりあえず、お前を新しい家族として歓迎する」


「あ、ありがとう。ございます」


 きっと、それは正式な入居者への挨拶なのだろう。篠原さんは僕の手を取ってしっかりと握りしめた。


 「さて。早速なんだが。お前はこの先二十年、自由に外出はできねぇからな?」


 ――でも、二十年は不自由ならしいです。

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