第二十八話 お家デート2
「俺飲み物取ってくるよ。なんか飲みたいものある?」
ゾロ◯の件が一段落終え、サラはベッドに体育座りでヒ◯アカを読み漁り、キョウは椅子に座ってswi◯chのス◯ブラをTVモードでプレイしていた。
何故か自分の部屋で立っているミズキが来客に気を遣ってか口を開く。
「んー、あたし何でもいいよー? あったらミルクティーで」
「レモネード、は庶民の邸宅には常備されてないと聞きますわね。お紅茶でよろしければ頂けますかしら」
「うん。分かった。麦茶入れてくる」
そう言ってぱたり、とドアが閉まる。
ミズキの部屋は2階にあり、外で階段を降りるどんどんという音が聞こえてくる。
ミズキの部屋に二人だけとなったサラとキョウ。
「……」
「……」
沈黙が部屋の中に流れる。ゲーム音とページを捲る乾いた音が緩やかな時間を示していた。
「……んな」
ベッドに寝転びながら漫画を読む姿勢をキョウに正される。
「はしたないですわーさすがは蛮族。殿方のお宅でよくもまあそんなあられも無い姿を――あっ! チッ。クソゲーですわ」
「キョウちゃんだって全然おしとやかじゃないじゃん。ゲームすると口悪くなるなんだね」
自機が消滅したのでコントローラーを机に置く。
「はぁ。もう辞めましたわ。ゲームなんて子供のすることですの」
「子供が言いそうなこと言うなー」
「サラさんも、殿方の家にお邪魔しておきながらその体たらくはいかがなものかと。それに比べてミズキ様は、お飲み物をだなんて、気配りがどこかの蛮族とは違いますわ?」
「あたしはいーの。将来のミズちの彼女だしー?」
「あら、それは聞き捨てなりませんわね」
キョウは回る椅子をサラの方へ向け、足を組み直す。腕を肘置きに突き、サラを見下ろすように話す。
「ミズキ様はわたくしのお彼氏になるのです。あなたなんかには到底相応しくありませんわ」
話はじめはいつものサラに対しての苦言が、後半になるにつれどこか水分を含むような言い方をしていた。
漫画から顔をあげキョウの顔を見る。
少なくともサラにとっては、そうなるであろう当たり前の未来を語っただけに過ぎない。ミズキは彼氏となり、そしてすぐに別れて偉大なる大サラ時代の礎となる、起こりうるであろう通常の未来だ。
何も言わずにキョウはサラの視線を受け止めて返した。
妙な沈黙が流れた。
「キョウちゃんってさ」
サラが口を開く。
「ミズちをあたしから奪って、あたしよりすごいってことを証明したいんだよね?」
「もちろん。そうでございますわ? 憎っくきあなたがミズキ様に告白されたと聞きましたの。絶賛NTR中でありますわね」
「そんな生々しいもんじゃないけどもさ……。ふーん、じゃあつまり、そーゆー感情は無いってコト?」
おそるおそる質問してみる。
テニスの一件があってから、キョウのミズキに対する接し方に変化が生まれたように見える。
それは怪我をさせてしまったが故の申し訳なさなのか、それともぶつかって馬乗りになったときに何かしらの感情が生まれたのか。
好きなの?
直球で聞くのは躊躇われた。
好き、という言葉にはたくさんの意味が無い方されている。イエスかノーで答えるにはあまりにも分別が無さすぎる聞き方のようにサラは思えた。
しかし、キョウは一瞬だけ逡巡し、すぐに答える。
「好きですわ」
サラは人の好きを初めて直接浴びたような気がした。
真剣に、というよりは事実をありのまま言うだけ、といった風に。キョウはふんぞり返った風体のままつぶやいた。
「知ってましたか? ミズキ様って首のところにほくろがあるんですのよ? ぶつかったときに見つけましたの。位置がセクシーだと思いません?」
「へー、知らないや。そっかー、好き、ねえ。なるほど」
ほくろの位置など気にしたこともない。そもそもミズキの容姿がタイプだと思ったことは無い。
誰かを好きになった経験をサラはまだしていなかった。
「ほくろが好きなん? キョウちゃんそーいうフェチ?」
「すーぐそうやって低俗な話に持っていく。ほくろだけじゃなくて鎖骨も素晴らしかったです」
「首周り多いな」
ご機嫌に椅子を左右に振るキョウ。
「見た目だけじゃなくて、ミズキ様って意外に有料物件なところありませんこと? なんといいますか、上手く言葉にできませんが、末長くお付き合いする上で必要な要素を満たしてると言いますか」
「あーうん、優しいよね。気遣いできるし、話合わせてくれるし、真面目だし。あと浮気しなさそう。そういうルール違反はできないタイプと見た」
「分かりみが深いですわ。わたくし名家の生まれといたしましては、顔や容姿よりもそういう部分に惹かれるのです。まあ、顔も悪くはない……というか最高……めちゃ格好いい……へへへ」
左右に振る速度が速くなる。なるほど、それはいつもミズキが使っている椅子である。
「普通にイケメンでございませんこと? しょうゆ顔ってやつですわ? ね、サラさんもそう思いません?」
「いやイケメンは言いすぎ。乙女フィルター通してるそれは」
まいった、とため息を吐く。どうやら本格的にミズキにお熱らしかった。
こうにも人は変わるものか。あれほどサラに対しての憎悪に塗れてたキョウが満足気に椅子に座ってぐるぐる回っていると、季節が一周したのかと勘繰りたくなってくる。
サラにとってはキョウが楽しそうならそれで良い。自分に対して対抗心を燃やされるのは悪い気はしなかったし、キョウと勝負して勝つのは気持ちがいい。
学校で一番可愛いの座を奪ってしまって都落ちさせてしまったことに関してだけ引け目があったが、楽しいのならそれも報われる。
無論、勝負にわざと負けるつもりなどサラには毛頭無かった。
世界一可愛い女子としては、ミズキが自分を選ばないことなど自然の摂理からいってありえないので、必然的にミズキは宇宙一可愛い自分と付き合うことになる。
残念ながら、それは起きるべく起きる事実。まあ、すぐに別れるのでそれから言い寄るなり告白するなりすればいい。
サラは得意げに踏ん反り返るキョウを見て目を細めた。
「あらそうですの? まあ、なんでもないと思ってた方が好きになった瞬間から格好良く見えるとはよく聞きますわよね」
「そんなことある? 格好良くみえるから好きになるくない普通?」
「卵が先かゆで卵が先かみたいな話になってきましたわね」
「なってないよ。その二つは不可逆だから。鶏ね?」
そうでしたわね、と凛と訂正するキョウ。
「しかし、告白すら済ましたサラさんが、意外に淡白ですのね。ミズキ様に対して」
核心を突かれたと思わず顔をこわばらせる。
「……どういう思惑があるのかは
知りませんが、サラさんこそ本当にミズキ様のことを慕っているのですか?」
汗がつたる。なぜだか、悪いことをしている気になってくる。
「正直告白したのだって、わたくしにはにわかに信じられませんでしたわ? あなたみたいな自分が一番! みたいな方がさして目立たないクラスメイトの男子に告白するだなんて、裏があると思って当然ですわ」
当然、裏はある。
しかしそれは別に、表に出てもなんら怖くないものだ。
こちらは学校の女王。あらゆる蛮行が許される美貌と立場を持っている。
男子を一人踏み台にして学校中を自分のハーレムにする、それくらい造作もないし非難される筋合いもない。
それでも、なんだかキョウを見てると悪い気がしてくるのだった。ミズキに対しての誠意などでは無い。誠意というならばミズキに対しては誰よりも自然に接している。
ミズキ曰く友達らしい。サラもそう思う。
一緒にいるのは楽しい。いつか礎になってくれるのもありがたい。おそらく別れた後でも友達のままでいてくれるのだろう。それに関しての罪悪感なんて欠片も感じない。
だったら果たして、何に悪いと感じてるのだろう。自分の気持ちで分からないと思うことは、サラにはあまり無かった。
「サラさんは、ミズキ様のことをどう思ってらっしゃるの?」
詰めるようなキョウの質問に、即座に答えた。
「好き。めっちゃ好き。へへー、キョウちゃんには負けないんだよ、あたしも」
何も間違ったことは言ってない。最高の友達であることになんら異論は無かった。
「……そう、ですの。ではやはり勝負ということになりますわね」
「残念だけど、勝負にすらなんないかなー?」
「そんなこと言っていざ寝首をかかれて泣いても聞きませんからね?」
見つめ合う二人の間にやはり火花が飛び散るが、しばらくぶつけていると何か忘れているような気がしてくる二人だった。
「……ってあれ? ミズち遅くない?」
「確かに、お飲み物を取りに行っただけでこんなに――」
そうして二人とも目を合わせる。自分たちが何をしにこの家に来たのかをようやく思い出した。
その瞬間、扉が開いてお盆にコップを3つ乗せたミズキが部屋に返ってくる。
「ごめんね、麦茶切れてたから沸かしてたら時間掛かっちゃった」
それを運んでくるためにこの家に来たということをすっかり忘れていたサラとキョウ。
思わずやってしまったと口に手を当てる。二人とも顔が青ざめている。
「えっ、何? そんな申し訳なくなるようなことあった……?」
「み、ミズちその……」
「ご、ごめんなさいですの、病人に働かせてしまって……」
サラは即座にお盆を奪い去りテーブルに乗せる。キョウもミズキを誘導して先ほどまで自分が座っていた椅子に座らせる。
「なになになに? いや、別にこれくらいはできるけど」
「ダメですわ!? もう二度とミズキ様を働かせるようなことはさせませんわ!?」
「ヒモになるの俺!?」
「動こうっていうんならボコボコにして右手だけじゃなくて全身動けなくしてあげっからね!?」
「介護の本質見誤ってるよ!? 普通に遊ぶだけなのに別にそんな――はい、大人しくしてます」
椅子に座ってあたふたするミズキを見下ろすサラとキョウ。
その威圧感にすぐさま折れるミズキだった。
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