第六話
昇降口で靴を履く“獲物”にサラは追いつく。
さも偶然出会ったことを装いながらサラはミズキに話しかけた。
「やっほーミズキくん。また会ったねェ。調子はいかがカナ?」
「えっ、あっ、えっ、あっ、さ、サラさん? あ……どうも」
いつもながら毎回話しかけるとテンパるのはどうしてなんだろうか。そろそろ慣れないものなのだろうか、と疑問に思うサラ。
しかし、今大事なのはこの男をすぐさまにでも彼氏にすることである。サラは即座に計画を開始した。
「ねーミズキくん。傘、持ってる?」
「えっ、か、傘?」
「うん、忘れちゃってさ。持ってる、よね?」
困ったように苦笑いするミズキに、サラは上目遣いで“お願い”する。
サラの計画とはつまり、相合傘である。
単純接触効果というものをご存知だろうか。触れ合った回数が多ければ多いほど相手に対して良い印象を持つという恋愛のテクニックなのだが、サラは雨を逆手に取り相合傘でこれを発動させようと睨んでいた。
「あっ……俺、ごめんちょっと今日……」
「そういうと思って、傘、持ってきたんだ。ほら、一緒に相合傘で帰ろう?」
「……???」
カバンから折り畳みの傘を取りだすサラ。理屈や、過程など、彼女にはどうでも良い。ただ相合傘をするという結果のみを一直線に見据えていた。
「……あの、俺今日自転車だから、傘じゃなくて合羽……」
「? 合羽着てても相合傘はできるでしょ?」
何を言っているのか分からないと言わんばかりのミズキが「えっ、あっ、うん」と相合傘を承諾する。自分でも何に許可を出したのか分かってなさそうな返事だった。
こうして合羽を着ながら自転車を引くミズキと二人で相合傘をするサラの奇妙な下校が開始した。
◯
「いやーすごい雨だねぇ」
「で、ですね……???」
「どうしたのミズキくん? そんな『何が起こってるんだ?』みたいな顔しちゃって」
「い、いやまさしくそう感じてる最中なんですけど……大丈夫ですか肩? 濡れません?」
「うん? 全然大丈夫だけど」
「俺、合羽着てるから濡れないので、1人で差してもらって全然構わないんですけど……?」
「それじゃ意味ないじゃん! 何のために傘差してると思ってんの!?」
「……??? 濡れない為では???」
透明のビニール傘に雨粒がぶつかる音がする。
ミズキは合羽を着つつ何故か異性のクラスメイトの傘を半分借りながら自転車を押し、その謎の状況に首を捻っていた。
サラはサラで思ってた相合傘と何かが違うと思いつつも、「計画通り」とニヤニヤ笑って下校していた。
「あの、サラさん?」
「んー? どうしましたかミズキくん。あたしのことが気になります?」
「えっ、あっ、はい。そりゃ気にはなりますけど……」
「はーっ! そうよねそうよね気になるよね! くくくくく、良い兆候だわ」
「……あの、怒ってたりしますか?」
「ん? 怒り?」
気分はデートのサラの頭の外側にあるワードが突然降り注がれる。
なんでそんな単語が話の流れで? と不思議そうにミズキの顔を見つめる。
「いや……その、昨日のことかなって、思って」
昨日、つまりサラがミズキに告白したことについて言っていると思われた。
「昨日のが何?」
「アレのせいで怒ってるのかなって。俺、ちょっと動揺しちゃって……断り方、もうちょっとあったんじゃないかって思って」
どうやら、今朝から続くサラのちょっかいを昨日の告白を断った仕返しと考えてるらしい。
「なるほど。それはその通りだよね。もっと違う答え方があったよね」
「ですよね……すいません」
「イエスとかさ?」
「えっ、あっ、……か、可否の問題じゃなくないですか?」
サラがミズキを籠絡しようとすると、必ずと言っていいほどミズキは動揺して困ったように笑う。毎回決まって同じ反応を示すので、なんだからミズキがそういうおもちゃに見えてくるのだった。
「蟹の問題じゃ……ないよ?」
「えっ、あっ、か、蟹じゃなくて可否……」
やや声のトーンを落とし、真面目な顔つきで言う。合羽のフード越しにビクッと反応するのが見えて愉快ではあるのだが、テンパられてばっかりで肝心の自分に好意を持たせることができているのかが少々気になる部分だった。
「蟹、可否、ははっ――」
「お? 笑ったな? あたしの真剣な“想い”を」
茶化すとすぐに口元を抑えるミズキ。「す、すいません」と謎の謝罪を受けるサラ。
よしっ、と小さくガッツポーズを作る。
籠絡できているのかはともかく、どうやら順調に距離は近づいているらしかった。
◯
幾分か雨の中の通学路を進み、そろそろ相合傘の効果が表れてもおかしくないんじゃないかと思われた。
並の一般人ならいつ告白してきてもおかしくない時間ではあるのだが、そこはシャイボーイミズキ、傍目には下校前と変わらない表情を浮かべているように見える。
しかしサラの中でミズキはもうとっくのとっくに自分のことが好きになっていることが確定している。
(これだけ一緒にいて、相合傘してあたしのこと好きにならないワケないじゃんね?)
フードごしに見える表情も、心なしかいつもの困ったような笑からも固さが取れて柔らかくなっているような気がする。いくらシャイで奥手な陰キャボーイといえど、心の中ではサラへの欲望を煮えたぎらせていることがこの上なく確定していた。
となれば、後はその心のうちにつっかえている枷を外してやることだけだった。
簡単なことである。
ミズキはサラが告白した瞬間、こう言ったのだ。
『知らない人と付き合っても楽しくないってことです! まあどうせ罰ゲームなんでしょうけど、すいません。付き合うことはできません』
これに対するサラの解釈はこうだ。
『知らない人じゃなくて友達になれば付き合える』
知らないから付き合えないならば、知り合いになればいい。楽しくなさそうだったら、友達になればいい。それがサラが考える対ミズキ攻略の概要だった。
それを踏まえての今日一日の行動である。校門前に張り込んでいたのも、図書室で接触を図ったのも全て自分という存在をミズキの中に浸透させる為。単純接触効果の実験は今朝からすでに仕込まれていたとのである。
そして、結果的に今こうしてミズキとこの距離で話ができている時点で、サラの「勝ち」は不動のものとなったと考えて良かった。あとは煮るなり焼くなり、告白するなりされるなり好きなようにすればいい。おそらく向こうからはしてこないから、サラからすることにはなるだろうが。
雨はずっと降り止まないでいる。
大通りを抜けて細い路地まで来たので、辺りに人影はいなかった。
「ミズキくん」
先ほどよりも三割増し真剣なトーンで発声する。
「……ミズキくん、あのね」
その真剣な眼差しに気付いたか気付かなかったか、ミズキは黙って前方を向いていた。
「あたしね……昨日も言ったけどやっぱりミズキくんのことが――」
「サラさん」
一世一代の告白はミズキの言葉によって遮られた。
不満に思うも、次の瞬間には別のシナリオが頭の中に思い浮かぶ。
(あーなるほどね。この流れでそっちから告白するパターンのやつね。男の子ダネー自分から告白したかったのかしら、可愛いわねーどちらにせよ付き合ったらすぐ別れるのにね)
「サラさん、前、気をつけて」
「え?」
ミズキに言われてサラは足を止める。九死に一生だった。
巨大な水たまり、湖と呼んで差し支えなさそうな水の塊が2人の行手を阻んでいた。
後一歩、ミズキの声かけが遅かったらサラの靴は水没していただろう。
「え……あー、そゆことですか」
「あの、何か言いそうになってませんでした?」
「……いや、もーなんかそんな気分じゃなくなっちゃった」
水たまりは路地の幅いっぱいにまで及んでいる。走り幅跳び程の助走があれば飛び越えらえるかもしれないが、その助走の最中に雨で同じくらい濡れてしまうだろう。これを歩かなくてはいけない時点でテンションダダ下がり、告白の雰囲気ぶち壊しだった。
仕方がない、時間の無駄だけど元来た道戻って迂回しよう。そうミズキに提案しようとすると、ミズキが何やら制服からハンカチを取り出し始めた。
「? どしたんハンカチなんて用意して?」
「あ、いや。サラさんここ座って?」
「え?」
おもむろに荷台にハンカチを敷いたかと思うと、荷台に座れと指示されるサラ。
「二人乗りするの?」
確かに、自転車に乗れば水たまりは回避できるのか。そう思いサラは指示された通りハンカチを敷かれた荷台に横すわりした。
「いやそれは法令違反だから」
「? じゃあどうやって進むの?」
意外にワイルドな選択をするんだ、と思ったが矢先のことだった。
「??? いや、引くけど」
え?
ざぶん、とミズキは水たまりに足を突っ込むと、何事も無かったかのように歩き出した。履いている靴は普通のスニーカー、長靴でもなんでもなく、今まさに浸水して靴下までびちゃびちゃになっていると思われた。
「えっ、あっ、えっ!? 何やってるのミズキくん!?」
自分のせいでびちゃびちゃになっていると思うと流石の自己中心主義のサラをしても悪いように思われた。しかし、サラの注意が届くよりも前にミズキはあっという間に水たまりを渡り終えてしまったのだった。
水たまりを渡り終え、慌てて荷台からおりるサラ。
「えっ、なんかダメだった……?」
「ダメに決まってんじゃん! あーもー! びちゃびちゃだよ! あたしのせいでこんななることないのに!」
「そ、そう? なんか気遣わせちゃった?」
「いや、まあ、そんなことは無いけど、無いけどさぁー」
得体のしれない感情がサラの中に渦巻く。
(優しそうとは思ってたけど、ここまでとは思わないじゃん)
「ごめんって」とやはり困ったように笑うミズキに、なんだかサラは逆に無性に腹が立った。
腹が立ったので傘の縁でミズキの頭頂部をちくちくと小突いた。
「痛っ、えっ!? なんで!?」
「なんとなく。えいっ、えいっ」
自分でもなんでこんな気持ちになったのか、サラにその理由はまだ分からなかった。
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