第二十四話 テニス対決!3

「ふっ、なかなかやるね、キョウちゃん。さながらテニスの女王様とでもいいましょうか」


「実は左利きでしたみたいなことはないのでご安心を。あなたこそ急にブラックホール使ってこないでしょうね」


「……? ああ、あたし新の方読んでないや」


「読んでないんかい! ……おほん、ちゃんと読みましょうね。わたくしの永遠の伴侶である跡部様も出ることですので」


「やっぱ金持ちはべ様推しになるんだ……」


 一進一退の攻防が続く。しかしいつかは均衡が崩れる。

 先に王手をかけたのはサラの方だった。

 

「このポイントを取ればあたしの勝ち。ミズちが一日なんでも言うことを聞いてくれる権利が得られるんだよね?」


「そこまで賭けた記憶はございませんが、まあだいたいそんなもんですわね。まさかもう勝った気でおいでですか? ここからが1番楽しいところですのに」


 最初は涼しい顔をしていたサラもいよいよっ表情に疲れが見えている。

 試合を通してイニシアチブを終始握っていたサラ。左右にショットを打ち分けキョウを走らせ続け、体力は相当に消耗しているはずである。

 にも関わらず不気味な笑みを絶やさないキョウに底知れぬ覚悟を感じとる。


 さすが。それでこそ。立派。


 これだから嫌いになれない。というより、普通に好き。恋愛的な意味ではないけれど。


 しかし、それとこれとは別である。ミズキを一日合法的に好き放題できる権利(ミズキは一言も許可してない)が目前に迫っていからには、ここで力を緩めるわけにはいかない。


 ありったけの力を込めてサーブを放った。


「はあああああああっ!」


 ここにきて最高のサーブに成功する。ネットスレスレの弾道でサービスボックスの範囲ギリギリに着弾する。スピンのかかったボールはその勢いのままキョウから逃げるように跳ね上げる。


 しかし、キョウもまた己の限界を超しつつあった。

 サラのフォームからコースを予測。最初のポイントでサラにやられたことをそのままやり返す形となる。


 しかして、体勢を崩しながらもなんとかサーブの返球に成功したキョウ。しかしサラはすでに次のショットの体勢に入っていた。


 逃げるようなスピンでコートの端までキョウを追いやった。そして次は逆サイドに放つ。全力で走らなければ追いつかない距離。しかし全力で走ればフォームはバラバラに崩れショットをミスする確率が高くなる。


 しかし、そこは中学生のとき全国大会出場を果たしたお嬢様。言ってしまえば出場どころではないベスト4まで食い込んだ知る人は知る強豪である。

 キョウは返球の後すぐさま逆サイドへのフォローに入っていた。これまでの傾向からサラは左右に打ち分けてくる確率が高い。体力の消耗を狙ってのことだろうが、今のキョウはサラへの憎悪と観客への憎悪――そして多少の、ミズキへの興味から湯水のように湧き出る無尽蔵の体力を有していた。


 来るコースが分かっていればこんな簡単な対処はない。逆サイドにオールインしたキョウはコンマ一秒でも早く到達できるようがむしゃらに走り出す。早く到達できればできるほどフォームやボールコントロールに意識を多く割ける。


「えっ! 速っ!?」


「――はぁあああああっ!」


 サラが勝ちを確信した瞬間を狙ったカウンター。予想外のキョウの動きに一歩も動けず自陣に入るボールを見ることしかできない。


「――まだまだですわね、そんなんでミズキ様を手に入れられると思ったら甘いですわ」


「うげぇ……完璧なショットだったのに……」


 両者譲らぬ展開に観戦するギャラリーたちも握る掌に力がこもる。


「……先代女王も結構しぶといな」

「やばい、なんか俺キョウ様応援したくなってきたかも」

「頑張れー! サラちゃんもキョウ様もどっちも頑張れー!」


 そんな歓声は二人の耳には1ミリも入っていなかった。


 絶体絶命のピンチを潜り抜け、勢いのままキョウが怒涛の猛追を見せる。

 そしてついに、来たるはキョウのマッチポイント。


「あーはっはっはっはもうここまで来たらわたくしの勝ちは決まったようなものでございますわねぇええええ!!! 苦節3ヶ月……あなたに女王の座を奪われてから舐め続けてきた辛酸――ここで百倍にしてお返しして差し上げますわ!!!」


「負けフラグ全開だけど、大丈夫そ?」


 フラグはフラグ。しっかりと窮地に追いやられてるサラは努めて冷静に頭を回転させる。


 サーブはキョウの番。キョウもまたここにきて本日最高のサーブに成功する。

 返球には成功したもののボールはコート中央、キョウにとっては非常に返しやすい甘いコースに返さざるをえなかった。


「まっず!」


「勝ち! ミズキ様獲ったり!!!」


 浮かび上がる勝利と敗北の未来。

 しかし気まぐれなテニスの神様はこの期に及んでカオスをもたらす。


 パワーが足りず低い弾道となったボールがネット上部をかすめた。勢いを失ったボールはキョウのコート前部にポトリと落球する。


 キョウの描いていたリーサルプランが一瞬にして無に帰す。反応だけでもってボールに追いついたものの崩れたフォームを立て直すことはできない。ボールは高いロビングとなり、サラの絶好のチャンスボールとして返球された。


「まっっっずいですわぁあああ!!!」


「キタキタキタぁあああ!!! あたしの時代ぃいいい!!!」


 ボールも自分の位置も完璧。この角度ならジャンプからのスマッシュを叩き込める。


 キョウもそれは理解していた。絶望的な状況の中、一縷の望みをかけて全速力のバックラン。


「右!? 左!? 真ん中!? どっちですの!!!??? ええい、ままよ!」


「それ声に出して言う人現存っ――したんだっ!!!」


 全ての力を込めた強烈な一撃がコート向かって左側に叩き込まれる。そしてそれは偶然にもままよったキョウの思考と一致した。


 せめてラケットに当たってさえくれれば――何かの間違いで返せる確率も0じゃない。少しでも時間を稼げるようにコートの大外まで下がりバックサイドに駆けていくキョウ。そこには――


「あっ、ごめ〜んミズキっち。ボールそっち行っちゃった〜」


「さすがミズキっち取りに行ってくれるなんて優し〜できる男〜」


「まだ何にも言ってないですけど俺。全然行くんですけどね? 行きますけども」


 ――隣のコートから飛んできたボールを拾うミズキの姿があった。


「えっ」


「ん?」


 どかん。


 振り向いたミズキにキョウが体当たりする形をとる。


「ぶえっ」


 押し倒されるミズキ。


 後ろ手に受け身を取るも、凄まじい勢いにそのまま倒れ込む。


 ごきっ。


 何か嫌な予感がする音がした。


 さらに顔面にサラの打ったスマッシュが直撃する。


「ふばっ!」


 その打球は奇跡的に放物線を描いてサラのコートへ返っていく。


 騒然とする辺り。


「ミズち!? ご、ごめ……わ!」


 思わず口に手を当てる。


 視線が一点にロックされる。


「んもう、なんでミズキ様がこんなところに――って、あれま?」


 何か体の下に柔らかいものを感じるキョウ。


「は、はぁっ!?」


 その様は密着と呼んで差し支えない。


 猛凸してきたキョウをミズキが抱き止める形となった。四つん這いになったキョウがミズキの体に覆い被さっている。


 体験したことのない距離の異性に空いた口が塞がらないキョウ。口元をわなわなさせてその先に続く言葉が出てこない。


 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。至近距離で見るミズキの顔は信じられないほど整って見える。それが目の錯覚か元々イケメンだったのか、はたまた世に聞く、かの感情――つまり恋心――がそう見させるのか判別は一生付かない。


「いてて、ごめんね。怪我はない? キョウさん」


「わ……わたくしは、だ……だいじょうぶですわ」


 全然大丈夫じゃない気がする。なぜかは分からないけれども。困ったような笑みを浮かべるミズキを見ていると、なんだかそんな予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る