第二十三話 テニス対決!2

 突如始まったサラとキョウのテニス対決。その熱は周囲の観客を巻き込みさらに温度を上げていく。


 どちらかにポイントが入るたび雄叫びをあげる観客たち。その内情は実のところほとんどがサラを応援するものたちばかりだった。


 つい3ヶ月ほど前。まだ学年が上がる前までは今日はこの学校で圧倒的支配者であった。


 その見かけの美しさだけならいざ知らず、家柄や品のある口調どこをとっても完璧と称されたかつての支配者は、現女王の登場によりその支配領域を失っていた。


 昔は歩いていただけで誰かしらが敷きはじめたレッドカーペット。

 向こうから勝手に頭を下げて挨拶をしてくる校門。

 授業中、自ら椅子になると申し出る男子諸君。


 どれをとってもキョウにとっては最高の環境で、永遠に続けばいいと願うユートピアそのものだった。


 あの女が現れるまでは。


 キョウは行き交うラリーの中でサラのことを見やる。


 涼しい顔のまま、キョウの手練手管弄するショットをものともせず、一球一球冷徹に処理するさまは、キョウをして、残念ながら現女王の威厳そのものだった。


 その女はいつのまにか現れた。

 学年が上がり、新学期に胸を膨らませ、今年はどんな椅子が待ってるのだろうとワクワクしながら登校した、そのとき既にキョウは都落ちしていた。


 校門でざわつく生徒。校舎の窓から首を伸ばしなんとかその姿を拝もうと必死な生徒。全員の視線は、その視線の圧力をものともしない圧倒的自信を漲らせる一人の女子生徒に向けられていた。


 魔法のようなものは確かにあるとキョウは考える。かつてはキョウも使役することができた。


 未熟な生徒たちが密集するからこそ発生する空気の流れ。猿山のボスが闘争せずとも君臨するように、集団でのリーダーの決定は多数決でもなく選挙でもなく、で決まる。そのなんとなくの裁量は、美貌だったり頭脳だったり運動神経だったり財力だったりユーモアセンスだったり様々だ。


 そしてその全てを統べるキョウがその座に着くのは自然だった。

 そして、キョウより優れたものが現れたとき、新たな女王が誕生するのも、また自然だった。


「はああああああっ!」


「やっぱキョウちゃん強いね。でもザンネン。あたしはまだ実力の半分しか出してないもんね」


「っ!? な、何をおっしゃいますの。わたくしだってまだ本気の二十五パーセントしかだしておりませんわ!」


「っっ!? そうなの! じゃ、じゃあ三割! あたし三割しか出してません!」


「じゃあわたくしの方がつえーことになりますやろがい! ですわ!」


「……? ……!」


「『!』じゃねーですの! 算数のお勉強やってる暇があなたにおありで!?」


 綺麗なストロークで打たれたボールがサラのコートギリギリに突き刺さり、コートの外へと逃げていく。


 しかしそのボールに俊敏な脚力で追いつき、逆にエースを決めるサラ。


「あるよん。えへへー」


 満面の笑みでピースをするサラ。それを見てさらに湧きたつギャラリー。


「うおおおおお! すげえええええ!」

「やっぱサラたんしか勝たん! 勝たんしかサラたん!」

「てか対戦相手誰だっけー? もう忘れっちゃったよ名前」


 拳を握りしめる。

 本当は大声で自分の名前を叫びたい。しかしそんなことをしても笑われるのは分かっている。


 敗者は去るのみ。立つ鳥跡を濁さず。

 都落ちしたキョウが頂にまだしがみつこうとしている姿は、周囲からは滑稽に見えることだろう。

 筋違いの憎悪をサラ現女王に向けている光景は大勢に反乱を企てているように見えることだろう。


 それでも挑み続けるのは、ただひたすらに、キョウの持つべきものとしての矜持他ならなかった。


「ふ。ふふふふふ」


「キョウちゃん? どしたん? 負けそうって焦ってる?」


 とても笑えるような状況じゃないが、キョウは口角を上げる。

 キョウの頭の中は自宅の屋敷を思い浮かべていた。


 家に帰ると何と言わずとも出てくる高級茶菓子。

 三ツ星シェフが作る夕食。

 身の回りの世話を一手に引き受けるじいや。

 


 持つべきものはお金持ちの家族だ。どんなときでも、家に帰れば快適な暮らしが待っている。下々の民には想像すらできない極楽の毎日を享受している自分は、どれだけ滑稽でもここにいる誰よりも幸せだ。


「だからこそ、ですわ」


 だから、勝たなければならない。

 それが全てをもっているキョウが己に課す責任である。


「ここから逆転勝ちしたときのあたなの顔が楽しみでしかたがありませんわ! アーッハッハッハッハ! 沢木家長女としてこの試合、負けるわけにはいきませんわ!」


「家柄は関係ないじゃんねぇ。あたしはキョウちゃんとテニスしてんのにさ」


 さらに熱は加速していく。

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