第二十二話 テニス対決!

「べ、別に良いではありませんか! ちょっと他の競技も気になるなって思っただけですわ! それとも、何ですかミズキ様は一度選択したらもう二度と科目は変えられないというのですか!?」


「か、変えられないんじゃないかなぁ……? ご、ごめん、先生に見つかっても知らないよ、ってだけで、そんなに怒ってないよ?」


 慌てて取り繕うミズキにキョウが迫る。怒ってないと言われ安心したのかほっと胸を撫で下ろす。


「よ、良かったですわ……嫌われたかと思いましたわ……では! そういうことでサラさん。ミズキ様はわたくしが貰っていきますわね」


「えっ」


「ええっ!? いつの間にそんな話になってんの!?」


 ミズキの腕を掴むキョウ。女子に触れたからかミズキの顔が赤くなっているのが分かる。この薄情者め。


「仕方がないではありませんか、ミズキ様だって正真正銘お嬢様であるわたくしとこそ淑女スポーツテニスを嗜みたいと思うはずですわ? ジャングルの奥地に住む野蛮人は口を挟まないでもらえると嬉しいのだけれど」


「だーれが野蛮人じゃい! こっちだって蝶よ花よって箱入り娘やらせてもらってるんですけど! 門限六時だし? お小遣いたくさん貰ってるし? 全然淑女ですー!」


「ハッ! 小遣いごときで良い気になってもはや悲しいまでありますわ。ちなみに、わたくしはカードで上限無しですので、お小遣いといったものとは無縁でございますわ。この前だってソシャゲのガチャ天井分回してお父様に微妙な顔されましたが、特に何も言われませんでしたわ?」


「それ諦められてるんじゃね? ってか別に淑女度が高い方が偉いってわけじゃないでしょ!? だいじなのはミズちがどっちと一緒にやりやいか、でしょ!?」


「ふむ、でしたら、今ここでミズキ様に決めれいただきましょうか。わたくしとサラさん。どちらと一緒にテニスをしたいか。さぁ、潔く答えてくださいまし!」


 ここぞとばかりにミズキの腕に自身の腕を絡ませるキョウ。


「お、俺は五人で楽しくやれたらそれでいいんだけど!」


「あ、あたしらのことの勘定に入れてくれんだ」


「優しい、ってよりかは、公平って感じやね〜」


 そう言ってキョウの腕ひしぎを解くミズキだった。

 やはりというべきか、陰の者であるミズキに対してそういった色仕掛けは有効でない、どころか逆効果なまである、と気付きつつあるサラだった。


「あら、いけずですわ、ミズキ様」


「ほらー、ミズちもそう言ってるんだしさー、一緒にやろうよキョウちゃん」


「……まあ、8割がたそう言われると思ってましたわ――で・す・が! わたくしにもわたくしの矜持というものがありますの。こんな女と和気藹々と遊べるかって話ですの!」


 そう言ってサラにラケットを突き出す。


「ミズキ様とできないのでしたら、あなたとやれるのは己のプライドをかけた正々堂々の勝負しかございませんわ! わたくしとテニスで勝負なさい、遠藤咲蘭!」


 でへー、と舌を出すサラ。「そーきたか」と腕組みして唇をむむむと一文字にする。


「キョウちゃんってプライドとか勝負とか、そういうの好きよね……」


「一般人に持つもののプライドは知り得ませんわ? ……もちろん、勝った方はミズキ様を一日好きにできる権利が与えられますの」


「与えられるの!?」


「ミズキっち、嫌なら嫌ってはっきり言うんだよ?」


「言っても聞いてもらえないけど、言うだけ言うんだよ? 法的証拠にはなるから」


「い、嫌です! 俺、その勝負嫌だ! 二人とも! せめて昼休憩とかにして!」


「それならいいんかい」


「ミズキっちもミズキっちで流されやすい性格してるよね〜」


 ミズキを一日好きにできる権利。もしそれを手に入れることができたら、サラは考える。


 サラの考えては、少なくとも結婚まではいけるだろうと頭の中のコンピュータが弾きだした。そうなれば、別れたときの衝撃はすさまじく、学校中に即座に知れ渡り、全ての男子が我先にとサラに求婚を申し込んでくることは確定的に明らか。世はまさに大サラ時代。学校中の男子を顎で使い足に使い、楽しい薔薇色の学校生活が待っている。


「いいよ、その勝負、乗った!」


「ふっ、せいぜい後悔しないことね。わたくしがミズキ様の意中の女子になってあなたが吠え面かいてる光景が目に浮かびますわ?」


 相対する二人。両者の間には熱い火花が飛び散っているのが分かる。そのちょうど真ん中にいるミズキが、カナとユイに話しかける。


「……あの、俺らは俺らでやりません?」


「さんせ〜」


「長くなりそ〜だし」


 二人が試合を行う間に、となりのコートにそそくさと避難するのだった。


 ◯


「試合は4ゲーム先取1セットマッチ」


「おけおけ」


「裏? 表?」


「表」


「裏ですわ。わたくしがサーブを貰います」


「りょ」


 互いにコートの両端にスタンバイし、キョウがサラに手を挙げる。


「よろしく、お願いいたしますわ」


「よろー」


 すでに辺りにはギャラリーができはじめていた。体育の授業とは思えない静けさと緊張が辺りを取り囲む。学校を代表する美女二名。新旧学校のアイドルがぶつかり合う事件を周囲は固唾を飲んで見守っていた。


 キョウが美しいフォームでトスをあげる。体育の授業にあるまじき本格的なユニフォームで望むキョウ。そのスコートの揺めきに心奪われない者は誰一人いなかった。


「――ハッ!」


 ほぼ直線と言ってもよい鋭いサーブがサラのコートに突き刺さる。素人にはあり得ない、間違いなく熟練者のそれ。その一球でもって多くの観客は勝負が決まったと確信に至った。


 ただ一人を除いて。


「――っ」


 物怖じの無い涼しげな表情。まるで来る方向が分かってたように着弾するポイントにすぐさま回り込む。

 完璧なタイミングでボールを捉え、コンパクトなスイング――インパクトの瞬間に確かな力を加えられた――でもってサーブのスピードをそのままレシーブに変換する。


 スパァン、と破裂したような音が聞こえてからしばらくして、周囲はそれがサラのレシーブだということに気がつく。コートのスレスレを抉ったそれはサラの「何でもない」表情を見るに、明らかに狙って撃ち込まれたとすぐに分かった。


「……ラブフィフティーン」


 キョウが小さく得点を発した。


 ラケットの縁で肩をトントンと叩くサラ。


「小学校のころテニスクラブだったんよねーあたし。キョウちゃんフォーム分かりやすいよ? 素人カナ?」


「……わたくし、中学の時に全国大会に出場しておりますわ。今のが本気だとゆめゆめ思いませんよう」


 二人のやり取りに思わず唾を飲み込むギャラリー。その数は既に先ほどより増えている。


「おい、やべぇぞ! 新女王と旧女王がガチの試合やってるってよ!」


「サラさんとキョウさんが!? やべぇそれは見るしかねぇ!」


 にわかに湧き立つコート。


「……なんか、人集まってきてません?」


「サラちとキョウ姉だからしゃ〜ないよね〜」


「チャームの魔法持ってっかんね、二人とも」


 ミズキに審判をさせながら平和にラリーを続けるカナとユイだった。


「……やっぱり、すごい人なんだよな、サラさんって」


「ミズキっち! 得点得点!」


「よそ見するな〜? あたしらも見ろ〜?」


「あ、すいませんすいませんっ」


 大変な二人と接点を持ってしまったことを、改めて思うミズキだった。

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