第二十話 変身

 電柱にすかりながらスマホのインカメラで自分の顔を確認する。朝早く家を出た為一応の確認。サラは画面に映る自身をさまざまな角度から確認する。上目、下目、流し目、前髪を整えて、よし、と最後にキメ顔で自撮りする。


 まだ早朝。ミズキと一緒に登校するために二人の通学路の合流する丁字路で彼が来るのを待っていた。


 待ち合わせの時刻までにはまだ十五分ある。なぜこんなに早く来たかというと、ミズキという律儀な男子は例え朝でも十五分前行動しててもおかしくないと思ったからだ。


 そんな矢先、やはりといった具合に丁字路の向こうから自転車に乗った男子生徒がやってくる。男子生徒はサラの近くまで徐行し自転車を止め、まだ眠そうな顔で笑顔を作ってこちらに手を振ってくる。


「おはよ、サラさん」


「おはよ! ミズち」


 やはり十五分前に来た、とガッツポーズを作るサラ。意中(そういう体)の男子の行動を察知できたのは間違いなく勝負に置いて有利に働くのである。


「ミズちめっちゃ眠そうじゃね? 悪いネ一緒に登校しよなんて誘っちゃって」


「ううん。いっつもこの時間だし。いっつも眠いから。俺」


「へー。朝、弱い派? あたし起きちゃったら平気派」


「弱い。冬のカブトムシくらい弱い」


「さなぎなんだ、まだ」


 この前校門の前で待ち伏せしていた時は元気そうだったが、あれはおそらくまだ出会ってまもなかったから気を張ってしまっていたのだろう。そう考えると、目の前のしょぼしょぼした目をした男子が多少は自分に慣れてきたことに感動を覚える。


「会ったばっかの頃は全部の文頭に『えっ、あっ』って付いてたのに。あたしは嬉しいよ、およよよよ」


「はは……会ったのはもっと前からでしょ……」


 確かに、出会ったの自体は二年のクラス替えからなので、もう3ヶ月は経とうとしている。3ヶ月間ミズキのことを眼中にも入れてなかったのが、今思えば不思議にも思えた。

 

「でも意外っちゃ意外。ミズち夜九時には床に着いてそう」


「本読みは夜が主戦場だから。家帰ってゲームしてご飯食べて、夜本読んでたら睡眠時間どんどん削れてくんだよね……」


「すっご、暇人の権化みたいな生活スタイル……」


「堕落してるでしょ。帰宅部って天国部なんだよね」


「天国なのに堕落してんの、サイコーだね」


 なんだか前より自分のことを話してくれている気がすることに喜ぶサラ。かっちりしている昼まとは違い、朝の自我が弱い時間帯はミズキの弱点なのかもしれない。

 

「ところで……あの、そこの方は……」


 ミズキが電柱にセミみたいに縋り付く生命を指す。今にも息絶えそうなくらい弱々しく電柱を抱き抱えて夢と現実の間を行き来しているそれは、側から見てあまり人間には見えなかった。


「あ゙〜眠いですわ〜待ち伏せなんて止めれば良かったですわ〜こんなことしてるくらいならあったかいオフトゥンでスヤってた方がマシでしたわ〜」


 キョウが弱々しく愚痴を垂らしていた。


「ミズち待ちぶせするって一時間前から待機してたらしいよ? 連絡先交換しとけば良かったですわ〜、だって」


「あ、そう……だ、大丈夫なの?」


「ああ、まあ大丈夫。もう手遅れ的な意味で」


「救えないってこと!?」


 そうやり取りしていると声に気づいたキョウが寝起きの唸り声を上げて目を覚ます。


「ゔぉぉぉ……やっと来たですわ。なぁんでもっと早くこないのですわ。これでそこの女出し抜けると思ったのにですわ」


「ですわ語尾意外の語彙を失ってる……」


「どちらにせよあたしと一緒に登校する約束してたんだから、あんたは一手遅いのよ。ほら、そんなん置いといて行くよミズち」


「えっ、ええ? この状態で置いていくのは流石に無理があるけど」


「じゃ早く起きろって言ったげて。好きピでもないと聞かないから。あのゾンビは」


「好きピ……まあ。キョウさん? 学校行きますよ?」


「ゔぅぅぅぅ……行きますわぁぁぁぁ」


 ゆっっっくりと立ち上がり、ゾンビのように前傾姿勢でなんとか歩き出すキョウだった。


 ◯


「というか! 連絡先交換しましょうって言い出すのは殿方の役目ではございませんこと!?」


「……あ、いや、まあ……はい。そうかもですね」


「ちゃんと違うものは違うって言った方がいいよ、ミズち」


 ようやく目を覚ましたと思うとこうなった原因をミズキに押し付けるキョウに呆れる。昨日ほとんど寝てない上に連絡先を交換していないのでミズキがいつ登校するか分からないと気がついたのも寝る直前だったようだ。


「キョウちゃんはなんで夜更かししたの?」


「そんなの決まってるでしょう? 男女のいろはについて少々お勉強を。わたくし、殿方についてはほとんど知識がございませんでしたので、そんなことせずとも男に苦労はしたことございませんでしたから。ですか今回あなたに勝つと決めたからには、わたくしとて本気にならざるを得ません。不肖わたくし、恋愛術まで手を伸ばさせていただきました。これで勝つるですわ!」


「へー。どんなこと勉強するの?」


「さ、サラさんもうちょっと相手をしてあげた方が……」


「ふん。気になってしょうがないようね。まあわたくしともなれば美容や仕草に関してはすでにパーフェクト出させていただいてますので、あとは狙った男合わせて嗜好をパーソナライズするだけにございますわ? ミズキ様におかれましては非モテで陰キャで内向的でコミュ力に乏しいお方ということでしたので、わたくしそんなミズキ様に合わせてチューンナップいたしました」


「大丈夫? 嫌いになってない?」


「……事実の羅列って心にきますよね。事実だからこそ……」


「その結果導き出された答えは――」


 キョウが自転車の前方に駆け出す、かと思うと、その場でくるりと回り、ミズキに手を差し出す。


「いかがかしら、沢木京、図書子スタイルですわ?」


 その姿は、言われてみれば納得できなくもない。

 頭にはカチューシャが備え付けられていて、ブレザーの制服は前のボタンが留められている。スカート丈はお嬢様の頃から僅かに短くなり、代わりに黒く輝くタイツで露出を抑えていた。


 さほど大きく変わった部分は無いが、印象として気位の高い令嬢から文学少女にクラスチェンジ。そのディティールの細かさは確かに勉強の跡が垣間見える。


「大事なのは陰キャでもワンチャンあると思わせることですわ。他の男の匂いがあっちゃダメ! ユニコーンに乗れるような純粋培養乙女であることが陰キャにモテる第一条件なのですわ!」


「ですって陰キャさん」


「何かしらの偏見に侵されてるよね……」


「さぁ、どうかしらミズキ様! 清楚で知的なわたくしめですわよ!? 魅力的で魅力的で仕方ないのではありませんか?」


 ぐい、と自転車を引くミズキに接近するキョウ。その距離にサラは目を細める。


「えっ、あっ、いや、その」


「正直な感想で構いませんわ? まあ、ポジティブな感想以外持てないでしょうけど。わたくしのこの格好、可愛いですか?」


 と、首を傾げてミズキを見つめる。


 なるほど。その破壊力たるや、流石に学校元No. 1だと痛感させられる。おそらく並の男子だと気が持たないであろうところを、ミズキはどうだろうと反応を確認するサラ。


「……いや、」


 ややあって、観念したようにミズキが口を開く。


「いや、格好とかじゃなくて、普通にキョウさんが可愛いと思いますよ?」


「……あら」


「……へぇ」


「……えっ?」


 ぽかーんと口を開けた女子二人の反応。その反応が以外だったのかあたふたするミズキ。


「案外ストレートな物言いをするのですね」


「男らしいこと言うんだ、ミズちって」


「えっ、あっ、えっ、いやだから俺の好みなんて気にしなくていいって……言いたかったんですけど……」


 奇異なものを見るような目の二人。


「今のアレですわよね? 少女漫画でヒーローがヒロインに『ありのままの君が1番良いんだよ』って言うやつですわよね?」


「……ってか、あたし言われてない。可愛いって」


 てっきりまたあわあわして終わるだけだ思っていた。それが、まさかミズキがそんな事を言うとは完全に油断していたサラ。


「確かに……あまり舐めない方がいいのかもしれませんわね」


「ねー、あたし言われてません。言われてないんですけど」


「えっ、あっ、えっ、いや、その、いや、えっ」


 二人の怪訝な表情の意味が分からない様子のミズキ。


 そこから先、神妙な顔でミズキを観察するキョウと、「言って」オーラを醸し出すサラに挟まれながら、ミズキは長い通学路を歩かなければならないのだった。

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