第十九話 アオん家2
「なるほど、妄想癖も来るところまで来たな」
「信じて貰えるとも思ってないよ別に」
二人の女子から迫られている(遊ばれている)という話をアオにすると、不貞腐れながらゲームに戻っていった。
「学校で一二を争う女傑が二人して俺とどっちが付き合えるか対決するらしいんだ。どうすればいいと思うアオ?」
「死ねばいいと思うよ? そんな奴」
「……まー他人事だったら俺も同意できるんだけどさ」
「高校二年にもなったんだからそろそろそうゆうのは卒業しましょうねミズキチャン。安心しろ。お前はどこからどう見ても冴えないコミュ力の怪しい男子高校生でそんな夢みたいな現実は訪れない」
「だよね。俺も一字一句同じ気持ちだよ。……あ、ライン来た」
「誰から?」
「現実にはいない俺に告白してきた美少女クラスメイト。『ミズ氏明日いっしょ学校行こ(はーとの絵文字)』、『起きれんかったらごめ(ウインクする絵文字)』。だって?」
「……なんて返事すんの?」
「いや……どうしよ、『いいですよ』、かな?」
「……イエスノー以上の情報が無い……もうちょい飾れよ四角四面」
「ええ……まあ、ところがどっこいってことで。これが現実な訳なんだよね」
「結構嫌なもんだぞ? 幼馴染の色恋って」
相変わらずゲームをやりながら答えるアオ。こいつならばと期待はしたものの、どうやらまともな返答は返ってこなさそうだった。
ミズキから見ると自分よりも恋愛経験が豊富な――とは言っても小学生の頃にこれまた近所の一個下の女の子アコと付き合っていた古の記憶ではあるが――アオに話せば何かしらヒントが得られると思ったが、あまり取り合っては貰えなさそうである。
色恋、と言葉で聞くとなかなか小っ恥ずかしくなってくる。こちらからサラに対してそういう意識は、出来るだけ――出来ることなら皆無がいいけれども――しないようにしていた。
もししてしまったらこれ以上無い醜態を晒しそうで、サラと話すたびミズキ戦々恐々としている。顔が真っ赤に染まり、会話もままならないことだろう。そうなっていないのは、ひとえにミズキの『サラは自分なんか眼中に無い』という思い込みの賜物だった。
「どっちかになんじゃねぇの?」
おもむろにアオが口を開く。顔はゲームに向けられているが、操作している様子はない。
「どっちか? 何が?」
ミズキが疑問を返す。
「どっちかと付き合うんじゃないの? お前と、その迫ってきてる二人のどっちかが」
「……はいぃ?」
意味が分からないと首を傾げるミズキ。
「あのさ、告白っていうけど遊びだぞ? 遊ばれてると言ってもいい。それに本気になったらいよいよ現実と妄想の区別付いてないだろ」
「いーや。断言してもいいね。このままいくと付き合うよお前は」
「いやだから、俺は本気にならないって、」
「逆だよ逆。相手の方がお前のこと好きになるんだよ」
「……はあぁ? それこそはあぁぁぁ!?!?!?」
先ほどまで興味なさそうだったアオが重い腰を上げて上体を起こす。
やけにニヤついた表情だった。アオはさらに見てきたかのように語り始める。
「理想と現実の区別が付いてるやつなんて案外少ねぇのよ。よくあんじゃん? ドラマの主演の二人が付き合って結婚するみたいな話。向こうは遊んでるつもりかもしれないけど、やってるうちにどっかで本気で好きなんじゃないかって錯覚し始める。そんくらい単純な生き物なんだよ」
「んなワケ……ねーでしょ……」
相談する相手を間違えた。反省である。
もっと具体的な対処法だったり、女子と話す上での心構えのようなものが聞けると思っていた。そうしたらこのザマである。
「あのねアオ。向こうは全校生徒が羨むような学校のアイドルなんだよ。俺はたまたま矛先向けられただけ。そんな人が俺のことを本気で、その気になるワケないでしょ」
「さーね。俺はそいつのこと知らねーからあくまで一般的なこと言ってるだけ。あのさーミズキ」
呆れた、とでも言うように話すアオ。
「お前、その人のこと女神かなんかだと勘違いしてんじゃねーの? どんなにキレーでも高貴でも、人は人を好きになることに抗えねーよ。バカなんだよ本質的に。ま、モテない陰キャおもちゃにしてるような奴なんだからそいつもバカだろ。バカ同士お似合いよ」
「……にわかには信じられないよ」
今度はミズキがゲーミングチェアに深くもたれた。
「世迷言過ぎる。少しでも理性があるなら、俺みたいな人間を好きにはなんないよ」
「いやまさしくその通り。お前のことなんて好きになるやつの気がしれないね。さっきまでのことは全部俺の口から出まかせだ。気にすんな、安心しろ。お前に彼女はできないよ」
煮え切らないミズキを突き放すように、そう言って再度ベッドに倒れ込むアオ。そのいい加減さに目を細めるミズキ。
「あのさぁ……理想追わすか現実見せるかどっちかにしてよ。温度差で風邪ひくよ」
「お前が心配してもどうしようもないよ。どーにもなんねー。どうにかしかなんねーの、結局。与えられた選択肢を選ぶのみってね」
「なんか達観してない? 歳取ったねアオ」
「いやがおうにも大人になるんだよ人って。それこそ抗えない流れによってな」
「……」
どこかうらぶれた様子のアオに若干の違和感を感じる。一つ仮説が浮かんできて質問せずにはいられなかった。
「アオ、もしかして彼女できた?」
「……できた? バカ言うんじゃない。できたんじゃねぇ。作ったんだよ」
「同じこと二回言ったね。へぇ、良かったじゃん。同じ学校の人?」
あまりにもスカしたアオをウゼぇと思いつつ会話を繋げる。
「んにゃ、それ」
アオが指差したのはミズキが座っている机のゲーミングPCだった。
「ゲーム内チャットで話してたら向こうが俺のこと気に入ったみたいで、連絡先聞いてきたから教えたら会おうって言われて、会って付き合った。大学生って言ってた」
「ええっ!? そ、それは……」
幼馴染がまさか大学生と付き合ってたとは。その驚愕の事実以上に、ミズキはあることがどうしても気になるのだった。
「それは……規約違反だよ。ゲーム上で連絡先のやりとりするのは。アカウント取り消しになるよ? 気をつけてね?」
「こんの四角形野郎が……っ!」
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