第十八話 アオん家
サラとキョウの二人と別れたミズキは山道を抜けて隣町の自宅へ向かう。
片道四十分、往復一時間二十分の通学ももう慣れた。それでも途中にある長くて急な坂には今でも辟易とさせられる。体力に自信のないミズキにとってはほぼ壁みたいなものだった。
坂の直前、走っていた自転車から降りて引くスタイルになる。いつもは体力作りと考えて意地になって登るのが、なんとなく疲れたような気がしてゆっくり坂を上がっていくミズキ。
「なんかだよなぁ」
あまりうまく言葉にはできない。自分の気持ちを言葉にするのはあまり得意な方では無かったが、それにしても今自分が置かれている状況はあまりにもなんかだった。
理解が追いついてないというのが正しい。楽しいか大変か、嬉しいか困るか、それを判断するのすらミズキには早計過ぎた。正直なところ、何が起こってるのかもちゃんと把握してるのは思えない。
サラ、学校で一番人気な女子と帰路を共にする。それだけでなくキョウ、"元"学校で一番人気の女子に告白まがいの宣言まで受けたという、今現在。
「何??? 何が起こってるんだ???」
今登っている坂が本当は下り坂だと言われても今のミズキなら納得してしまうかもしれない。それくらい自分の身に何が起こっているのか意味が分からなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……いやいやいや。上り坂だよな。間違いなく」
さっき起こったことを冷静に振り返ると、まあ恐らくは自分は二人に弄ばれているのだろうということは分かる。それか二人の戦いの競技として扱われているか。どちらにせよ二人が言葉通り自分に対して好意を持っている確率は――ミズキが思うに――0である。元より期待などはしていない。
「していないしていない。全然してませんとも、ええ」
サラとは何ども話して軽薄な面があるのは知っているし、キョウは見る限りサラへの対抗意識が原動力になってるように思える。
だから別に裏切られたとかおもちゃにされてるとか、彼女らの言行を失礼だと受け取っている訳ではないのだが。いかんせん男子として、都度動揺してしまうことに泰然自若からかけ離れた自分が垣間見え情けなぁ……と思ってしまう。
「これからどうしよ。問題だ」
多分、歪みあっている二人だが心の奥底から憎しみあっているようには思えない。それどころか自分に対しての底知れぬ自信という点において二人は非常によく似た共通点を持っている。
ミズキとしては、できるのなら仲良くあって欲しいんだけどな、という気持ち。自分の周りで起こるきざこざが面倒というより、単純にミズキは誰とでも仲は良い方がいいという感覚の持ち主だからである。
「ただまあ知らないけどね。俺は。女子同士の喧嘩の怖さを。表では仲良くやって裏では陰口叩きまくってるというあの噂を。……いやあの二人表でも叩き合ってるな。……男子的考えで言ったらそれはもう仲良い部類に入るでしょ。女子だと違うんかなぁ」
どうなんだろう、と思うミズキだった。
坂を登り、スピードが出過ぎないようにブレーキをかけながら下り坂を下っていく。
山を越えると田んぼの広がる田舎町が見えてくる。
ここまできたら自宅はすぐ目の前だった。
ミズキは自宅――の前を通り過ぎ、斜向かいの一軒家の庭に自転車を停めた。
幼馴染で友達のアオ、藤村藍《あお》の家にインターホンも無しに入り、母親に「こんちわす」とお辞儀しただけでアオの部屋へ通される。
勝手知ったる人の家である。「勝手知ったるアオの部屋〜」と言いながら部屋のドアを開けると不機嫌な顔をしたアオが苦言を呈してくる。
「ノックしろや」
こんこんと部屋の内側の扉を叩く。
「遅ぇよ」
アオはベッドに横たわりながら携帯ゲームに興じているようだった。
「ガクチカ勢は帰りが早くていいよな」
「わざわざ遠い高校を選んだお前が悪い」
中学までは同じ学校に通っていたがアオは近いからといってミズキとは別々な高校となった。
が、どちらも部活に入る訳でもなくさっさと帰宅する主義なので大抵ミズキがアオの家に行くとゲームに興じているアオがいるのだった。
かなりゲーマーで棚にはソフトが並んでいて、勉強机の上には学生の本分を侮辱するようなハイスペックのモニターがどかんと乗っている。机の下には理由は分からないが何故が七色に輝くゲーミングPCも完備しているほどの徹底っぷり。
「相変わらず良いご身分だよな。お前はもっと親に感謝した方がいいぞ。あ、EE14やって良い? もちろん俺のアカウントで。新章始まったんだよねー」
「あんま人の親に感謝するタイミング無いけどお前は俺の親にした方がいいぞ」
「仕方ないじゃん。ウチのPCスペック低いんだから」
「理由になってねー」
返事も聞かずゲームをプレイし始めるミズキ。静々とマウスとキーボードを駆使しゲームを進めていく。
「……」
アオが何か気になったのかミズキに話しかける
「……なんか、お前変だな今日」
「……え?」
ヘッドホンを外しアオの方を向く。
「考え事してそう」
「はぁ? 何で?」
「なんか、今日は静かだと思った」
いつもゲームをプレイするときは独り言が出てしまうタイプの人間だった。
「えっ」
「はぁ?」
「やってない」
「そっちかよ!」
と、心の声が漏れるタイプの人間なのだが、今日に限ってはやけに静かだった。
「あれか。前言ってた良いことスルーしちゃったってヤツ?」
「……お前は、メンタリストでも目指してるアオ?」
「あ、やっぱそうなん」
ヘッドホンを机の上に置き、ゲーミングチェアごとアオの方を向くミズキ。
「そう、ちょっと……色々ありまして」
「あ、言わなくて良いぞ。相談とかとか受けたかねーし、めんどいだけだし」
「どうしたものかってかんがえあぐねてるところがあって……相談に乗ってくれるとか流石は親友だな! 持つべきものはアオってか!」
「お前は俺の話を聞けよ! ……というか、さてはお前そのこと話しにウチ来ただろ」
「あ、バレた」
「分かりやすいんだよお前はさぁ……」
「まあまあ、話くらい聞いてけよ。アオ?」
「なんでお前が上からモノ言えんだよ!」
ベッドから跳ね起きるアオ。剣幕は相当ではあるが、それでもなんだかんだ聞いてくれるところに、ミズキはいい友人を持ったと強く思った。
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