第十七話 ライバル
「それでは、今日のところはここでお暇させて頂きますわね? ミズキ様」
「う、うん……じゃあね。沢木さん」
「『沢木さん』なんて他人行儀! キョウでもキョウちゃまでもキョウお嬢様でも何でも構いませんわ?」
「じゃ、キョウちゃんで」
「あなたはキョウ様とお呼びなさいサラさん!」
またいつものやつが始まる前にさっさとその場を去ろうとするミズキ。
「じゃ、じゃあ俺はこれで! さようなら二人とも!」
と、そのまま後ろも振り向かず颯爽と自転車で駆けていくのだった。
去り際のミズキの背中に慌ててキョウが「ああミズキ様っ!」と声をかけようとするも、すでに声の届かない遠くまで行ってしまっていた。
「……どう? なかなか硬派じゃない? ウチのミズち」
「あなたのものにされてるのが不憫で仕方がないくらいには生真面目な男子ですのね」
ミズキが去り、ライバル同士の女子二人が取り残される。互いにじっと視線を交わす。それはまるで真剣同士で向かい合っているかの如く周囲は一定の緊張感に包まれていた。
「……一つ、聞いてもよろしいですか? サラさん」
「ん? なになにーキョウちゃん?」
キョウちゃんと呼ばれたことに顔を顰めつつ、今回は言及は無かった。代わりに、先程までとはまた違う、疑惑の表情をサラに向ける。
「あなたは、本当にミズキ様のことが好きなのですか?」
間違った返答をしたらその場で切り捨てる。その様な気配がキョウを取り巻く。
「正直、あなたの様な数多の男子を熱中させる人間が心奪われるような男性とは――不躾ですが――思えませんわ。いかにもな四角四面ではありませんこと? あなた――何か彼を利用しようとしてるのではありませんか?」
その問いかけに、サラはみじろぎ一つせず神妙な笑みを浮かべた。
正解、不正解。その表情はどちらとでも捉えられた。あなたはどう思う? と暗に問いかけ返している様にも思える。
そしてしばらくの沈黙があった後、
「何言ってんのキョウちゃん。好きに決まってんじゃん?」
にぱっと表情が花開きそれまでもサラに戻った。
「あたしから告白したし、一緒に帰ろって誘ったのもあたしだし。彼、真面目すぎてあたしのアピール全然気付いてくれないんだよねー?」
サラの返答にまだ納得のいってない様子のキョウ。
「……でしたら、何故わたくしが横槍入れるのを笑っていられるのです? 本当に、真に好きならば普通もっと嫌がったり拒んだりするものなのではありませんか? 本来ならわたくしが彼女に立候補したその時点で拒否反応が出るはずです。しかしあなたはそれをすんなり受け入れた」
「それは……あれだよ。あたしがキョウちゃんなんかに絶対に負ける訳がないっていう、強者のヨユーだよ。どうせ最後にはあたしの腕の中に収まるんだから、キョウちゃんがいくらちょっかい出してきても無駄ってコト」
「……そうですか」
サラの回答に溜飲を下げたのか、キョウが視線を外す。そして、今度はキョウの方が表情をニコッと和らげる。
「ならば良いのです。あなたが本気でミズキ様のことを狙っているということであれば。その獲物をわたくしが狩ることができればそれすなわち――っ! わたくしの"勝ち"であること他なりませんものね」
「そーそーそゆこと。ま、できればの話だけどねー」
「安心しましたわ。わたくしの目にはあなたがミズキ様を弄んでいる様にしか見えませんでしたもの。あなたにも意外に乙女心というものが存在するのですね」
「わ、失礼。あたしだってちゃんと乙女なんだよ。ってか、好きでもない男たぶらかそうとかキョウちゃんこそミズち弄んでない?」
「わたくしは良いのですッ! 金持ちに愛は必要ありませんわ? 必要なのは才覚と家柄。調べましたところミズキ様のご家庭はまぁまぁギリギリクリアといったところでしたので何も問題はございません。ま、庶民のあなたには分からない感覚ですけれども」
「そんなこと言って、コロッと本気になっちゃったりするんじゃないの? キョウちゃん恋愛チョロそうだし。後――」
サラが口元を綻ばせる。何が確信しているような、達観しているような、そんな表情。
急にキョウに近付き耳元で囁くサラ。
「――あんまミズちのこと舐めない方が良いかもよ?」
突然耳元で囁かれ飛び上がるキョウ。いろんな耐性が無いなこのお嬢様はと思うサラだった。
「っ! なっ! なんですの急に! ……ふんっ、アドバイスは余計ですわ。敵に塩を送らない方がよろしいかと」
「あははーなら良いんだけどね。じゃああたしも帰ろっかな。てかキョウちゃん家どっちなの? あたしこっちだけど」
進行方向に指を刺す。
キョウはその質問を待っていたと言わんばかりに満足気に笑みを浮かべる。
「方向? そんなもの、わたくしが知る必要はありませんわ?」
そして手を二回パンパン、と叩き、
「じいや!」
と叫んだ。
その瞬間、たまたま通りかかったとしか思えない自然なタイミングで、走ってきたリムジンがキョウの横に付いた。
何の変哲もない住宅街に突如現れる高級車に驚くサラ。その荒唐無稽な光景にもまるで動じず背後の自動ドアが開くのを待つキョウ。
「お呼びですかな? お嬢様」
見るからに、いかにもな『じいや』。それはもう、概念としてのじいやをそのまま現実に再現したかのような『じいや』だった。初めて見た本物に目を輝かせるサラ。
「それでは、わたくしはここで。ミズキ様はわたくしが頂きます。覚悟なさい、遠藤咲蘭ッ!」
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