第三十一話 接近
「何も気にすることはありませんわ。このわたくしが、ミズキ様のクラスに勝利をもたらしてみせますわ!」
「違うクラスでしょキョウさん……」
「何も問題はございませんわ? わたくし、クラスの者からは爪弾きにされておりますので。誰かさんのせいで学校一の美少女の看板を下されてから腫れ物扱いで誰も話しかけて来なくなりましたわ?」
「誰だろーねーそんな非常識なヤツ。きっと世界で一番可愛い女の子なんだろーなー?」
ばりぼりばり。キョウが咥えたポッキーを噛み砕く音がする。
「テメェでございますわテメェ。他人事みたいに言ってくれやがりますわ。サラさんさえいなければ、今頃わたくしねぶた祭りの山車のように、盛大に全校生徒に担がれていたことでしょう」
およよよ、と泣くキョウに冷ややかな視線を送るサラ。するとミズキが口を開く。
「あの、ずっと思ってたんだけど……その『学校一の美少女』って、誰が決めてるの?」
「え?」
キョトン、と首を傾げるサラとキョウ。
「俺が知らないだけでなんか、アンケート的なものでもとったの?」
「いや、どーなんだろ。裏でそーゆう美少女評議会みたいなのがいるんじゃないの?」
あんたも知らないの、とキョウが肩を落とす。
「んなもんありませんわよ。雰囲気ですわ雰囲気。こういうのは学校を取り巻く空気がそう決めるのですわ」
「雰囲気……?」
「無意識の総意ってことですわね。ほら、ミズキ様にもあるでしょう? この人には絶対に勝てないとか、この人は自分よりも力が弱そうとか。二匹の女王蜂のどちらについていくか決める働き蜂のように、統計なんぞ取らなくとも取り巻く空気感で決まるのです」
キョウはどこか遠くを見つめるような目で部屋の窓の外を見つめる。
「わたくしは生まれたときからこうでしたので、いつでもどこにいても周りが囃し立ててくれるいい人生を過ごしてまいりましたわ?」
「金持ちを鼻にかけてて痛いってコト?」
「だまらっしゃい。気品溢れるとおっしゃいなさい」
横槍を挟むとすかさずキョウに牽制される。
「高校に入ってもそれは変わりませんでしたわ。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、当然っちゃとうぜんですわ。ここでもわたくしの天下は続くのですね、と多少味気ないとすら思いました」
「ふーん、それで二年になったらあたしに抜かれちゃったんだネ。キョウちゃん」
ニンマリ揶揄うように笑うと、ばりぼりばりぼりという音が一層強くなる。
「……ええ、その通りですわ? この陰湿失礼女の方がわたくしよりも可愛いと、風向きが変わったのでございますわ? それからと言うものの、クラスメイトはわたくしを避け、わたくしの席にプリントが届かず、体育の二人組になっての真の恐ろしさを知り、ぼっち街道の大通りをひた走っておりますわ? わたくし、沢木キョウでございます」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「……じ、地味な嫌がらせ」
「分かる、二人組作るの嫌だよね……」
「ッ!?」
がばっ、と突然ミズキの手を握りしめるキョウ。
「分かってくださいますの!?」
目を潤ませながらミズキのことを見つめている。
「い、いや俺のはキョウさんとはまた違うと思うけど。キョウさんは渦中にあって触れづらい、俺は運動出来なさすぎて組んでくれる人がいないっていう」
「こんな思い、誰とも分かちあえないと思っていましたわ。その相手がミズキ様だなんて、『運命』と呼んでも過言ではない……?」
「ぼっち経験者には広く浸透してる感覚だから、ちゃんと過言なんだよなぁ……キョウさんならすぐ元の空気に戻せるでしょ」
「いいえ、ミズキ様と感覚を共にできるのなら、わたくしこのままぼっちでも全然平気でいられますわ?」
ミズキの手を握りながらぐいぐいと迫るキョウ。その顔の距離はテニス対決で衝突したときの距離に迫っていた。
「……え、っと、キョウさん?」
「うふふふふ」
ドラ◯もんのような笑い方をするキョウに、サラは思わず目を細める。
「ミズキ様も、わたくしと一緒に堕ちませんこと? 今ならこのわたくし、どこまでも着いていく所存でありますわ?」
その言葉はミズキの顔前に囁くように投げかけられた。
「えっ、と……」
顔が赤くなるのは男子としては自然のことか、それともキョウの言葉が響いたのか、どちらだろうか。サラは考えあぐねた結果、大きくため息を吐く。
「はいストップ」
2人の顔の間にフェンシングのようにポッキーが差し込まれる。そのままキョウの口にポッキーを突っ込むサラ。
「あら、今いーところでしたのに。横恋慕?」
「違うわ! 痛々しすぎて見てられなかったの。ミズちも! こんな女に流されるんじゃありません。将来痛い目見るよ?」
はっ、と我に返ったミズキがおもむろに口を開く。
「そ……そーだよキョウさん! こういうのは、その……辞めようね!」
「ふふふふふ、そうですわね」
注意されたにも関わらず笑いながら目を瞑るキョウ。
「冗談で言うのは、もう辞めることにいたしますわ。ね? サラさん」
「……まー、いいんじゃないですかねー? 勝手にすれば」
キョウの言うことが意味することが分かって、なんとも言えないモヤモヤした思いを抱えるサラだった。
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