第二十九話 お家デート3

「ダメ、あたしがやるから。ページめくるのはまかせて」

「あなたは引っ込んでくださいまし。ミズキ様、わたくしが朗読してさしあげますわ。歌劇団かと聞き紛う美声をご覧入れましょう?」


「普通に読みたいんだけど……」


 半強制的に椅子に座らされたミズキが困惑しながら二人を見つめていた。


 今回のお宅訪問の本懐はミズキが快適に過ごせること、それを思い出したサラは椅子の後ろからミズキの体に手を回して小説本を開く。椅子が無かったら後ろからハグしていることと変わらない格好である。


「あの、サラさん? キョウさん? なんかさっきからやけに距離が近くないですか?」


「そうでございますか? わたくしといたしましてはこれがわたくしとミズキ様の適正距離かと」


「別にいつもと変わんなくない? うちらの心の距離みたいなもんっしょ?」


 キョウはミズキに寄り添うように横から、サラとは別の小説本を開いている。

 背後と横を完全に抑えられ身動きが取れなくなったミズキが困惑した様子で口を開く。


「あの」 


「何かしら?」

「どしたん?」


「うっとおしいから二人とも離れよっか?」


 嫌なことは嫌とはっきり言うのがいかにもミズキらしい。

 先ほどの沢木家の医療班だって、あそこまでお膳立てされたのを一蹴できるのは、普段受け身で内気なミズキの印象とはかけ離れている。


 しかし。気に食わない。

 サラは唇をとんがらせながらミズキの背後を離れベッドに戻る。


「美少女二人はべらせて『うっとおしい』は贅沢だねーミズちくん」


「はべらせてって、俺の意思でやってないよ!」


「ではミズキ様ご自身としてはやはりはべらせたいと? あれま、ミズキ様ったら男子でございますこと」


「男子だよ!? そうじゃないとでも!?」


「てかミズちさ、実際どうなん?」


 軽口の印象のままサラが口を開く、しかしどうしてもミズキはその言葉を構えて聞く。


「今のところでいいからさ、あたしとキョウちゃん、どっちが好きなん?」


「ほー、いいですわね。中間報告というわけですか。わたくしも気になりますわ。ミズキ様、忖度はいりませんことよ? 今の気持ちを率直に話してくださいまし」


「いやだからさ、そういうのは……」


 ごにょごにょとごたくを述べたのち、ミズキが回答する。


「そういうのは無いよ。俺は。二人とも大切な友達。どっちが上とか無いから」


「あらま、お優しいのですわね。小学生のかけっこのようで」


 キョウが不満げに口を開く。


「優しいところはミズキ様のいいところでございますわ。しかし、ここまで尽くして成果が無いのは悲しいですわ」


「尽くされた覚えは、むぅ、思い当たらないけれども」


 キョウは顔をミズキに思いっきり近づける。そうすると分かりやすくミズキは顔を赤らめて狼狽しはじめる。


「わたくしが言ってるのは介護の話ではございません。気持ちの問題です。例え友達としてでも心の変化はあるものでしょう? こうやって顔を近づけたら緊張してくれるくらいには、あたな様の心に寄り添えてると認識しておりますわ?」


「あっ、えっ、いや……これは! 男子特有の反射みたいなものだから! 誓っていうけどそこらへんを歩いてる女子にこれくらい近づかれたとしても、同じ反応する自信があるよ俺は」


「ダウト。ミズちはそもそもそこらへんの女子にはそこまで近づかせないと思うけどね。仲良くなったってのは事実でしょ? じゃあその仲良し度はどっちの方が高いのかなー?」


 近距離のキョウ、遠距離のサラにいいようにやられている。RPGだったら案外いいパーティになるのかもしれない。


 むぅ、と考えこんでから口を開くミズキ。


「二人とも仲良い。それで済む話ではあるよね?」


「駄目です。わたくしたちが求めてるのは明確な答え。二人に対する気持ちがぴったり同じということはありえないでしょう?」


「……き、気持ちを定量的に測るのは不可能なのでっ! 回答を拒否します!」


「異議を却下しまーす! 自分の気持ちは自分で分かるはずでーす!」


 なおも詰められるミズキ。どんどんと表情に余裕が無くなってくる。


「男たるもの、はっきり答えたらどうですか!? なよなよしてる男子は女子に嫌われますわよ?」


「す、好かれたことがないから、嫌われる心配もないね!」


「詭弁を。ではこれでどうです?」


 サラは目を見開く。


 キョウは、ミズキの骨折してギプスでぐるぐる巻きにされている右手を手に取り、その上に柔らかく唇を乗せる。


 時が止まったかのような感覚をサラとミズキは共有する。目の前の光景を一瞬では認識できない。


 ギプスにキスをしたキョウはゆっくりと顔をあげる。


「日本式でなくて失礼、元より日本式などございませんが、敬愛の示しです」


 顔を上げたキョウまで真っ赤に耳まで赤くなっていた。


「じれってーですの男という生き物はですの。ほんっとになよなよして女が行動するまで決心してくれないだなんて本当に奥手にも程がありますわ。わたくしときましたらこんな大胆な行動をいとも容易く行えるというのにミズキ様とあろうお方はいつまでもうじうじうじうじ」


「口が回る回る。……すごい、素敵」


「……」


 放心状態のミズキ。それはサラも同様だった。

 好きってこういう形をしてるんだな、というのはキスした後のキョウの反応からもよく分かる。お前も恥ずかしいんかいという突っ込みは流石にこの状況ではできなかった。


「まあ? この大胆不敵にて質実剛健な行動によりかなりのアドバンテージを獲得したと思っている次第でございますわ? いかがかしらミズキ様、これで少しは答えやすくなりましたか?」


「……むずいって」


 手で顔を隠すミズキだった。


「むずかし過ぎるって! 恋愛弱者には! この状況!」


 椅子をくるっと半回転し後ろを向く。そちらはサラのいる方角だった。


「言っておくけどね!? こっちは隣の席の女子に『消しゴム貸して?』って言われるだけで好きになるようなクソ雑魚チョロ男子なんです! こんなことされる以前にとっくの昔からキャパオーバーしてるワケなの! どっちがとかそういうの関係なしにどっちも好感度上限つっかっかってるよ! だから何も答えられないの!? こっちの気持ちも考えようと!? それでも仮にも俺のこと落とすって豪語してる人間ですか!?」


 ゆっくりと、断続的に爆発するような叫びだった。

 再び目を丸くするサラとキョウ。


「……ふうううう、取り乱した。ごめん」


「い、いえ、そこまで追い詰めてたとはいざ知らず」


「ごめちょ、ミズキ殿」


 ようするに、遊びすぎ。

 なんでも言えば返してくれるミズキに甘えてしまっていたということであった。

 思えば最初から、ミズキのことはおもちゃとして認識してはいたものの、壊れるどころか打てば響くので調子に乗ってしまった。そのことにまったく気づけていなかったことに反省する。むしろ直接言ってくれたのがむしろ嬉しいまである。


「好感度上限なんだ。あたしたち」


「めちゃ楽しいです。一緒にいると」


「そ、それは嬉しいでございますわ」


 顔が険しい。しかし言ってることはいたく優しいのがミズキらしかった。


「……分かった、あたしも嬉しい」


 それは本心で間違いない。自分の心を、サラは確認した。


「……でーも! いつかはちゃんと答えを出さないと、あたしはギプスにキスなんかじゃ済まないけどね?」


「な、何する気ですか……」


「い、いけませんわそんなこと……ギプスが壊れますわ」


「なんでギプスにすんのよ……」


 そうだ、ここは自分もちょっかいを掛けなければ。サラはそんな気分になった。


 先ほどのミズキの心の叫び、正当な訴えだが、男子のバイオリズムが感じられてサラにはやや怖く思えた。


 少しはその仕返しをしたっていいじゃないか。キョウもあれだけアピールをしたことだし。


 そんな言い訳。


 サラはベッドから立ち上がって、ミズキに近寄って耳元に顔を近づける。


「あたしのこと好きって言ったら、ほっぺにちゅーしてあげるんだから」


 そう言ってウィンクをしてみせた。


 やれやれ、とキョウが肩をすくめる。


「ミズキ様、世間ではこう言う女をしてアバズレと言いますわ」


「乙女の勇気を踏み躙るな! バカ者!」


 キーキーと二人が声を荒げていきり立つ。


 その様子を見てか見ずにか、ミズキは困ったように、あるいは嘆いたように笑い唇を噛んだ。

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