第二話

 志賀瑞紀は困ったような笑顔を湛えたまま見下ろしてくるサラを見つめ返す。


 世界の終わりみたいな静寂が教室を包み込んでいた。サラがボロボロになった口調で問いかける。


「な、なんでなのカナ? ミズキくんは、あたしと付き合いたくないのカナ?」

 

「あ、いえ、そういうワケじゃないですけど、単に話したことも無い人と付き合うっておかしいと思ったので。人として」

 

「ヒトっ! え、それはさミズキくん、あたしは人として間違っている、人に似た何かである、人を模した魔物である、って言いたいってこと?」

 

「えええ言ってない!?」


 怒った様子のサラに慌てて否定するミズキ。


 志賀瑞紀はいわゆる普通の男子高校生だった。

 取り立てて説明することもない、強いていうなら、ミズキは他の生徒よりは多少律儀な側面を持っていた。


「知らない人と付き合っても楽しくないってことです! まあどうせ罰ゲームなんでしょうけど、すいません。付き合うことはできません」


 志賀瑞紀は律儀な男である。律儀で真面目で若干堅めな男だった。


 

 嵐のような昼休憩が過ぎ去り、いつもの日常が戻ってくる。

 昼休憩の一件は伝説となり、ある者は真昼に見た幻と、ある者は陰キャに手を差し伸べるサラちゃんマジ女神と、ある者はミズキの野郎軽々しく姫と口利きやがってと、皆が各々の理由で消化し元へ戻っていった。


「ありえん……なんでこのあたしが……」


 放課後、唯一この件に尾を引いていたサラがショッピングモールのフードコートでポテトを食みながら嘆いていた。


「なんであたしが……こんなに可愛いあたしが……こんなに可愛くて優しくて頭が良くてリーダーシップもとれて多くの人に愛されて人類の宝といっても過言じゃないあたしが……フラれるなんて」

 

「重症だわこれ」

 

「あたしらもまさか断られるとは思わんかった。すまん」


 反省会についてきたカナとユイも申し訳なさそうにバーガーを食べていた。


「あんたらのせいだからね! あんたらが罰ゲームで告白してこいとかいうからこんなことになったんだからね!」


「いやそれはだからごめんって何回も言ってんじゃん」


「実際うまくいくと思ったんだけどな〜。サラの告白なんて断れるやつなんて普通いないんだから」


「そんなことない……あたしなんてどうせ誰からも相手にされない道端に落ちた石ころの一つでしかないんだどうせ……」


「落ち込みすぎ落ち込みすぎ。自己肯定感二進数なんかお前は」


「大丈夫だよ。サラはちゃんと可愛いから。ほら、あそこに座ってるちょくちょくこっち見てくる男子グループ。ちょっくらいつものお見舞いしたげて」


 いつもの、と促されサラはおもむろに男子グループの方をみやり、ばちこんとウィンクをお見舞いした。


 その瞬間、心臓を射抜かれた男子グループは席から倒れ、泡を噴いて幸せそうに気絶した。


「マジこいつサキュバスの末裔かなんかなの?」


「一個師団に匹敵する兵力備わってるだろもう」


 遠藤咲蘭は他校にまでその名前を轟かせていた。もはやこの辺りで彼女の名前を知らない者はいない。全ての男子が彼女の美しさに魅了され、またその美しさを前に二の足を踏むことしかできなかった。


 それなのになぜ、とサラは改めて彼のことを考える。


 彼、志賀瑞紀。


 相対した時の困ったような慌てたような笑顔を思い出す。いかにも人が良さそうな、宿題を写させてと言ったらすぐにノートを貸してくれそうな押しに弱そうな印象の男子だ。

 そんなどこにでもいるようなごく普通の男子に見える彼が、一体全体どういう理由で自分の告白を断ったのか、サラには理解できなかった。


「ねー、なんでだと思う? なんであたしフラれたの?」


「関係性が無かったからでしょ。ま、当然っちゃ当然か。向こうが常識人だったってことね」


「それにしてもサラの告白を断るなんて、なかなかの胆力してるよね見かけによらず」


「……もっと一緒にいたり、話しかけたりしてから告白したら、OKしてもらえるってこと?」


「そういうことなんじゃない? 意外に身持ち堅いヤツだよねミズキって。いいじゃんね〜サラと付き合えるなら話したことなくたって」


「今頃断ったこと後悔してるよ絶対。素直になってたら一瞬だけでもサラと付き合えたのバカだよね〜」


「……分かった。付き合う」

 

「え?」


「はい?」

 

 何やら覚悟を決めた顔つきのサラがポテトを噛みちぎる。


「絶対に付き合う。付き合って即別れて学校逆ハーレム作る。あんなヤツにあたしの大いなる野望を邪魔させはしない」

 

 その目は恐ろしく真剣だった。

 

 そして、その野望は別にミズキでなくとも他のもっと付き合えそうな男子でも余裕で叶えられるということを、告げるかどうか迷った2人は互いに顔を見合わせ首を横に振るのだった。

 

「まあ、いんじゃね? それで」

 

「なんか手伝えることあったら言ってね〜。話聞いたげるから」


 ◯


「……はっ! 悪寒!」

「何? 急にどした?」


 友人の家でゲームに興じていたミズキの背中に突然奇妙な予感が走った。

 まるでこれからよくないことが起こることが確定したような、奇妙にして明確な予感。


「や、別に……」


 思い出すのは昼休憩の出来事。突然目の前に美少女が現れたと思ったらまさかの自分に告白してきた。一瞬夢かと思ったがそのあまりの夢さ加減に逆に現実だと思い知った。


(あり得ないんだよなぁ……サラさんが俺に告白とか)


 内心バクバクだった心臓の鼓動をなんとかして落ち着かせたものだと自分を褒めてやりたい。あれで舞い上がって了承なんてしてたら今頃どんな顔してるか分かったもんじゃない。


 降って湧いた幸運に、飛び付いて幸せでいられる時間なんて一瞬である。

 自分のことを好きじゃ無い人と例え何かの歯車が噛み合って付き合えてたとしても、その幸福は長くは続かない。男女の交際はちゃんと互いをよく知った人同士で付き合うべきだ。そんな教科書的な考えの持ち主だった。


「はぁ」

 

「何、今度はため息なんか吐いちゃって」

 

「いやさ、ちょっと今日、良いことがあって」

 

「へー、良かったじゃん」

 

「でもちょっと、その良いことスルーしちゃって」

 

「へー、残念じゃん」

 

「……なんだよその言い方冷たいな」

 

「決闘中に人生相談してくるからだろ。はい、切り札」

 

「あっ! お前引き良すぎだろ! なんでここで神ドローすんだよ!」

 

「雑魚乙。これで俺の5連勝だな。もうちょっと鍛えてから来てもらってもいいですかミズキさーん?」

 

「うっさいな……ほら、もう一戦やるよ! ……はぁ」


 教科書的な倫理観を持ってるだけで、普通に男子なので普通に勿体無いことしたなと後悔するのだった。


 自分がサラの標的になっていることも、この時のミズキはつゆとも知らなかった。


 

  


 

 

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