第三十四話 自室

 自室の椅子に一人座るミズキ。自分の部屋にも関わらず、やけに静かな気がした。


 アオと遊ぶときはアオの家に行くのが常。それは子供の頃からそうだった。他の友達と遊ぶときもこちらから赴くことが多い。


 いつもならもっと散らかっている部屋も、女子二人迎えるとなるとそうも言ってはられない。片手での整理整頓は難儀を極めたが、なんとか人が来ても恥ずかしくない部屋までなった。


 それが余計に静けさを際立たせる。ものが少なくなった部屋から人も消えて、さっきまでの喧騒はどこにいったのやら。


 あれだけ好き勝手に遊んだくせに、帰る時は律儀にお菓子の袋や散らばった本を戻して帰るのが妙におかしく思えた。


 それにしても、と深々と椅子にかけるミズキ。


「疲れた……」


 ここにきてどっと疲労が襲ってくる。なぜこんなに疲れているのかはミズキ自身よく分かって無いが、遊んでる最中ずっと話しっぱなしだったことは確かである。


 アオと遊ぶときはこうはならない。会話なんて今日あった出来事を二、三話して、今読んでる漫画や小説の評価を言って、協力型FPSで指示を出し合えばそれで終わり。


 お菓子一つに無限の話題を見出せる人種は今までの交友関係の中にはいない。それが二人、それも圧倒的バイブスをもって接してくる二人に囲まれて疲れないはずがなかった。


 感覚で言えばここは戦場である。「好き」とか、「キス」とか、そんな言葉が飛び交う戦場に装備も無い兵士が送り込まれ、ひたすら飛んでくる流れ弾が当たらないのを祈る。そんな時間だった。


 スマホが光ったのが分かる。おそらくアオだ。もともと今日に関しての相談をしており、先ほど無事(?)終わったことを送信してある。


 ラインを開こうとすると着信音が聞こえてくる。画面には藤村藍と表示されていた。


「もしもーし」電話を取ると「おう」といつもの返事が返ってくる。大抵はラインで済むことが多いのだが、電話がかかってくるのは珍しかった。


「おつ。終わった?」


「今終わったトコ。家来る?」


「いや、そういうんじゃない。で、どーだった修羅場は?」


「修羅場ってほど修羅ってはないよ。楽しかった、普通に」


 それは間違いない。高校になっても家で遊ぶ友達はアオくらいなものだ。大抵はミズキが押しかけるのだが、自宅で遊ぶのは童心を呼び起こされる気分だった。


「電話なんて珍しい。そんなに心配だった?」


「全然。お前が誰と付き合おうがいつ別れようが知ったこっちゃねえが。ただ少し言いたいことができた」


「言いたいこと?」


 思わず聞き返すミズキ。いつもより低いトーンで電話の向こうから神妙な空気が伝わってくるようだった。


「ああ、非常に大事なことだ。俺は正直目を疑った。『これが友達でしかも言い寄られてるってマジ?』って気分だ。おいミズキ、サラさんクソ美人じゃねーか何やってんだお前」


「ま確かに。あれ、会った?」


 今日はアオは高校の課外活動だったはず。今帰ってきたなら、ちょうどバス停で待つサラと会っても不思議ではない。


「会ったわ。話したわ。超絶クソ美人じゃねぇか。心臓ブッ壊れるかと思ったわ。お前、あんなのと毎日親しく話してるわけ?」


「あんなのって、ずいぶん失礼な物言いだな」


「いや悪い。あまりにもキレイ過ぎて動揺してんだ。正直、立ってるのもやっとだった。なんなんだあのオーラ。話してるだけで精神を持ってかれそうなくらい引き込まれる引力は……」

 

「お前彼女いるだろ。浮気は駄目だぞ?」


「ああ、彼女がいなければ、俺の心はこんなとこに残ってなかっただろうさ。彼女サイコー! 愛してるぞ彼女!」


 よく分からないが相当ハイになってるのは分かる。


「それで、何? サラさんが可愛いって話?」


「んにゃ。まてまてそんなこと話したいわけじゃない」


 電話口から呼吸を置くアオの息遣いが聞こえてくる。


 「少し話したけど、いいヤツそうだぞ。アイツ。印象と違ったわ。もっと暴君みたいなヤツかと思ってた」


「……いや暴君ではあるような?」


「あーだから、良い暮らししてんね、って話。楽しそうだな、学校」


「楽しいぞ。骨折するけどな右手」


「死んでないだけマシだな」


 どれだけ代償重いんだよと身震いするミズキ。


 一方で、確かにとも思う。自分には出来過ぎな友人であることはミズキ自身強く痛感している。


 時折思うことがある。なぜ自分なんかに話しかけてくるのだろうと。おおよそ釣り合わない自分なんかとつるんでいても良いことなんて一つもないのにという考えはサラと話しているとふと浮かんでくる。


「それはそう。でも楽しいからいいよ」


「だろうな。じゃ、それだけ」


 と言って電話を切ろうとするアオが「それと」と最後に付け加える。


「頑張れ」


 そう言って電話は切れた。


「……何を?」


 何かを頑張らなければならないのだろうか自分は。だとすればそれは何なのだろうか。


 ミズキはふと右手のギプスを見つめる。キョウに包帯の上から口付けされたことを思い出し体が熱くなる。


 綺麗に巻かれた包帯の下では、まだくっ付いていない折れた骨が埋め込まれている。


 それがくっつくには、自分は何を頑張れば良いのか、今のミズキにはまだよく分からなかった。

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お前が邪魔だ。なので付き合ってください 結兎 @05hi17

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