34 普段大人しい人ほど、本気で怒らせたら怖い
二枚目のメモに示されていた目的地は、占星塔と呼ばれる建物だった。
塔という名ふさわしく、どこまでも高い石造り塔の頂上には、窓がいくつも並んだスペースがあった。モーガンいわく、あそこには星を観察する為の天文台があるとのこと。
中に入ると、青色の星図が描かれたタペストリーに囲まれた空間を、生徒達や見張り烏型石像が徘徊していた。その中で一人、見覚えがある少女が手を振る。
「モーガン議長!」
上品に着こなされた制服に、美しいオレンジの瞳。ラディアだ。
頭に金色の粉が乗っているが、誰かが撒き散らした魔法薬の材料でも被ったのだろうか。
「もしかして、お父様の手伝いですか?」
「えぇ、残念ながら」
モーガンは呪文を唱え、魔法薬が入ったカゴを出現させると、ラディアに手渡した。
「はい。ご注文の変身薬二本です。赤い方が猫用……緑がドラゴン用で……」
相変わらず、モーガンの補足説明は長い。
本当に他生徒を大切にしていることが伺える。
「あら、ラディア。頭に何かついていますよ」
何かに気づいたモーガンは、ラディアの頭に乗った金色の粉を払い落とした。
「ありがとうございます。モーガン議長」
「礼には及びません」
そして、最後にモーガンはゆっくりと口角を上げた。いつも、ぶっきらぼうなモーガンが笑ったのである。しかも、満面の笑みではなく、薄笑いで。
「ところでラディア、私以外にも挨拶はしないのですか?」
「『私以外』とは?」
モーガンの薄紫色の瞳がこちらを一瞥する。
「あら、ミス・ヨウカの事ですよ。人懐っこいラディアは、いつも見かけた知り合い全員に挨拶をするのにおかしいですねぇ。それとも、ラディアとミス・ヨウカに面識がある事をご存知なかった?」
「急に何を言い出すの?」
モーガンは、制服の後ろにあるポケットから銀色の杖をこっそり取り出した。
「あぁ、それと、頭に手を伸ばすと、いつもラディアが怯えたように身を縮めることも知りませんでした?」
ラディアの表情から笑顔が消える。
「知らないでしょうね。そうなった原因を作った貴方が知るはずも無い。私はいつも『少なくとも私は貴方に暴力は振らない』と言っているのにあの子はいつも反射的に身を縮める。ねぇ、大好きな妹について、私の方が詳しい事を知ってどう感じたのでしょう、ルシルド?」
ルシルド――
モーガンが最後の言葉を言い放った、その刹那。ラディア――否、ラディアの姿をしたルシルドは、モーガンの懐に左手を伸ばし、一撃加えようとした。
そのまま、モーガンは吹っ飛ばされると思われたが――。
「おや、これは予想外だ」
ルシルドの左手は、まるで干からびた土のようにヒビが入った。
姿こそ、ラディアだが、声は客船の廊下で出会った不審な男の物へと変化していた。
「モーガン・アンブローズ……君は人間では無いね」
モーガンはヒビが入った、ラディアの左手手を握り破壊する。
破壊された手は、ガラスが割れる様な音と共に砕け散った。
「モーガンさん。それはやりすぎじゃ……」
私が止めに入ろうとすると、モーガンは左手を肩の高さまで上げ、こちらの動きを静止した。
「気にする必要はありません。どうせ、コイツは幻です」
「幻――?」
突然、起きた騒動により、周りの生徒がざわつき始めた。
逃げ出す者、冷静に教師を予防とする者、興味津々に観察する変人など、生徒の対応は様々である。
ルシルドも薄笑いを浮かべる。
「だからといって、妖精でも神でも無い。君は――呪われた存在だ」
私も応戦しようと、杖を構えた、その時。
耳元からルシルドの声。
「
知らぬ間に、ルシルドが隣へ移動していたのだ。瞬きをした、ほんの束の間に。
そして、そのまま、ラディアの幻影は姿を消した。
周りでは「今の見たか?」「議長が呪われた存在だって?」などと、他生徒達がコソコソと話し合っていた。
対し、モーガンは、大きな音が鳴るように何度も両手を叩く。
「静粛に!」
一秒後、占星塔の中はピタっと静寂に包まれた。
「皆、ここで見た事は他生徒に離さないで下さい。焦る気持ちは分かりますが、不必要な混乱を避ける為です。侵入者は必ず私と議会メンバーが排除します」
凄い。これがリーダーシップ。
議長としての風格か。
モーガンに捕まっていた時のアルシエラにも見習わせたい。
「議会というのは、君が元々住んでいた世界で言うところの生徒会だ」
なお、当人は肩の上で、議会について補足説明をしていた。
くるりと、振り向いたモーガンは、こちらの方へ歩み寄り、私の隣に立った。
「行きますよ。ミス・ヨウカ」
「行くって何処へ?」
「あの、侵入者を捕らえに行く為ですよ」
薄紫色の瞳が三日月型になる。
「私は生徒の笑顔を害する存在と、DV男は徹底的に痛めつけないと、気が済まない性格なんです」
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