25 お兄ちゃんだもの

「確か……ここを右折でしたよね?」

「違う、左折だ。何度街が選れば気が済むんだ」


 客室に荷物を置き、早速船内を探索しようとした私に、立ちはだかったのは迷宮ラビリンスのごとき広さの船内であった。


 右に行っても廊下。

 左に行っても廊下。

 どこもかしこも、廊下、廊下、廊下!


「どうなってるの!」


 思わず叫んでしまったが、幸い周囲に人は居ない。 

 現在私が向かっているのはサロンと呼ばれる大広間。

 サロンといっても、美容室といった現代日本人になじみ深いサロンではなく、談話室という意味でのサロンである。

 案内係の話によれば、サロンでは無料で食べられるスイーツを用意しているらしい。


「アルシエラ様。目的地まで自動で案内してくれる魔法とかって無いんですか?」


 ポケット内のモフモフに助けを求めたが、肝心の本人は、耳をピコピコ動かしながら周囲をうかがっていた。


「どうかしましたか?」

「いや、少し気になることがあってな。オレは様子を見てくるから、コハクはここに居ろ」


 そして、そのまま地面へと降り立ち、姿を消してしまった。



――うそぉー。もしかして見捨てられた?



 なんということだ。

 このままだと永久とこしえに船内を彷徨うことに……。

 ショックのあまり言葉を失っていると、背後から誰かに話しかけられた。


お嬢さんレディ。何かお困りですか?」


 背後に立っていたのは白銀の修道服らしき衣装に身を包んだ男。

 髪は燃えるような赤で、オレンジ色の瞳が優しげに弧を描いている。

 そして瞳の表面にはオパールの様の様な輝きを放っていた。


「えーと、今サロンへ向かっていたのですが……迷ってしまって」


「なるほど。お見受けしたところ貴方は魔法学校の生徒ではありませんね。この船は広いですから、貴方の様な慣れない方が迷うことは珍しくないですよ。サロンまでは私が案内しましょう」


「そんなご迷惑をおかけする訳には……」


「いいえ。お気になさらず。困っているお嬢さんレディを放っておく訳にはいきませんから」


 男はそう言うと、こちらの左手を優しく握り「着いて来なさい」と言わんばかりに、見つめてきた。

 本当について行っても良いのか、一瞬迷ったが、このまま一人で彷徨い続けるよりは彼について行った方が、賢明だろう。


「はい。ありがとうございます」


 そのまま導かれるままに廊下を進む。



 何だろう。何と言うか、この人と話していると落ち着くなぁ。

 全身がフワフワする。まるで、半分夢の中にいるみたい。


「そういえば貴方は制服姿ではありませんが、魔法学校の関係者なんですか?」


 男は表情を変えず答える。


「あぁ、だよ。今は妹が、魔法学校に在籍している」


 つまり、まだ学生である妹に会う為に母校を訪れたお兄さんという事か。妹思いの素敵なお兄様だ。


「へぇ、お兄様が文化祭……じゃなかった。わざわざ、吟唱祭に来てくれるなんて羨ましいなぁ」

「君はそう言ってくれるんだね」

「妹さんは喜んでいないのですか?」

「それがね、僕がしつこすぎていつも嫌な顔をされるんだ」


 この人はいわゆる兄バカなのだろうか?


「僕はただ、妹がいじめられていないか、変な男にたぶらかさていないか、最近どんな物が好きか……心配で、心配で、気になって仕方が無いだけなのにね」


 いや、これはシスコンだな。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る