31 預言の子
薄緑のショートヘアーに、ぶかぶかのローブ。肌が異常に白いのは、引きこもりであるせいなのか、あるいは産まれつきか。
とにかく突如現れた少年は、ボゾボソと呪文を唱え、指先に金色の粒を作り出した。
そして、少年がそのまま粒に息を吹きかけると、粒は雲散し周囲にばら撒かれた。
すると、魔法の効果を受けたショーウィンドウの破片はフワフワと浮き、そのまま元の形に修復する。
これぞ
器物損壊に関わる保険なんぞ、誰も入っていないのだろう。
ローブに付着した汚れを、振り払った少年は、こっちを見据えながら口を開いた。
「そこの若者。怪我はないか?」
「はい。ないですけど、あの――」
「なんじゃ?」
少年が頭を覆っていたフードを外しながら首を傾げる。
「貴方も若者に見えますけど?」
「人を見た目で判断してはならんぞ」
「要は貴方の年齢は見た目よりずっと高いと?」
似たようなケースに遭遇したことがある様な――いや、ベアトリーチェの場合とは少し違う気がする。
ベアトリーチェの場合、精神年齢は成人女性ぐらいだと思われるが、こちらは老人に見えた。
「まさか――貴方は、かの伝承に登場する『夢の木』に願い事をした子供ですか?」
「せいかーい!」
「嘘でしょ?」
夢の木に出てくる子供は三人。
そのうち一人は『夢の木』から『賢者の石』を授かったという。
『賢者の石』は中世ヨーロッパの錬金術師が作り出そうとしていた卑金属を金へ変える石である。確か賢者の石には不死性を与えるエリクサーとしての昨日もあったと化学基礎の教科書には書いてあった。
それにしても、こんな運良くおとぎ話に出てくる人物と遭遇できるものであろうか?
日本で例えると、カフェで隣に座っていた客が、久しぶりに地球へ帰ってきた
「まぁ、信じるか否か、それは君次第じゃ。儂はマーリン・アンブローズ。マーリン先生と呼んでくれ」
「先生……?」
「こう見えても昔は魔法学校の学園長を務めていたのじゃよ」
何故だろう?
この子供。この上なく胡散臭い。
いつも通り私も自己紹介を終えると、マーリンは「ほう、良い名じゃな」と言いながら私のケープを掴んだ。
「ほれ、せっかくの縁じゃ。ついでにウチの店に寄っていきなさい」
「待ってください!」
慌ててマーリンを制止しようとしたが、彼は聞く耳を持たない状態であった。
そして、こちらの抵抗もむなしくケープの端を掴まれた私は、どんどん店の中へ引きずりこまれてゆく。
なんてことだ。
この子供の物だとは思えない腕力。
魔法でも使っているのだろうか?
*
シンプルな木製の棚に、粉状の薬が入ったガラス瓶が並べられている。
売り場の奥には、天秤や石臼が並べられた部屋があるが、あれが工房なのだろう。
「ほれ、そこの椅子に座るが良い」
マーリンの指示で売り場の端にある椅子に座ると、向かい側にあるテーブルの上に、可愛らしい小さなケーキとティーセットが現れた。
「ケーキは好きかね?」
向かい側の子供用椅子にマーリンが座る。
普通、料理の好き嫌いは出す前に聞くものだと思うが、今は触れないでおこう。
「大好きです」
「そうか、そうか。ならば好きなだけ食べるが良い」
せっかく出して頂いたし、食べれる物は食べておこう……。
小さなケーキ用フォークでパウンドケーキの端を切り、口に含む。すると、ほんのりとしたレモンの風味が口に広がった。
「美味しいですね。レモンケーキですか?」
「そうじゃよ。よう知っておるのぉ」
「これはマーリンさんが作った物ですか?」
マーリンが首を横に振る。
「違うぞ。ウチでの料理係は儂ではなく同居人がやっておる」
同居人ということは――シェアハウスでもしているのだろうか?
もう少し質問をするべく口を開こうとしたが、それよりも前に、誰かが店内に入ってきた。
「どうして貴方がここに居るのですか?」
不機嫌そうな表情で姿を現したのは、客船で出会ったモーガンだった。
「モーガンさんこそ!」
「ここは私の家です。家主が住処に居て何かおかしな点でも?」
「いえ……」
家主……ということは、モーガンがマーリンの同居人ということになる。
「おかえり。可愛いモーガン。コハクさんは、儂が店に招いたんじゃ」
「また勝手なことを。客以外を店に招いてどうするつもりですか。お父様」
モーガンは膝の辺りまで伸びた自身の長い髪に触れながら、マーリンの前へ歩み寄る。
それより、待てよ。
今、彼女はマーリンをお父様と呼んだ?
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