30 貴様がトリアタマタカナキイノシシか

「本当に昨日何があったのか覚えてないのか?」

「はい。全く覚えてないです」

「君というヤツは……」


 ログレシアへ到着する日の朝。

 アルシエラから怒涛の質問攻めを受けた。


 「昨日の行動はどういうつもりか?」「体調に変化はないか?」などと、訳の分からない質問ばかりされたが、要は、昨晩、何かトラブルがあったのだろう。


 残念ながら何が起きたのかは、さっぱり思い出せない。

 強いて言うなら今日の朝は、いつもより頭痛が酷かったり、吐き気がするが――寝不足だろうか?



 『長らくお待たせいたしました。当船はまもなく、ログレシアに寄港いたします』



 船内にアナウンスが響き渡る。

 どこからともなく響いてきたその声は、空中を飛び交う烏型の石像によるものだ。


 窓を開け、外の景色を見る。


 視界に写ったのは島全体が一つの城に覆われた孤島、ログレシア。


 島の中央には、ピンク色の葉で覆われた大木がそびえ立っている。あれが『夢の樹』だろう。


 それを囲むように十種類の建物が並ぶ。それぞれの建物は、全く違う建築様式で出来ており、統一感が無い。更にその周りを黒い城壁が囲っていた。


 これだけでも十分幻想的ではあるがログレシアの外観一番語るべき特徴は島の立地だろう。いや、立地というより立空と表現するべきだろうか。


 先程話した中央の森からは川が流れておりそれは島の端から島の外へ排出されている。普通の島なら排出される場所は海だろう。

 しかし、ログレシアは違った。

 排出されるのは空だ。

 下流の先は虚空であり滝になっている。


 これぞ、まさしく空飛ぶ浮遊島だろう。



――この島では、どんな発見、出会い、そしてめしが待っているのだろう。



 私は期待に胸を膨らませながら、荷物をまとめた。



*


 大通りに並ぶ店のショーウィンドウには優雅なドレスや魔法道具らしきテレスコープや杖が並んでいる。

 そして、大通りのあちらこちらで花や謎の勲章が刻まれた旗が飾られていた。

 吟唱祭の為に飾ったのだろう。


 ログレシアの大通りも雰囲気という点ではフランドレアと変わらなかった。

 しかし、いくつかフランドレアとは違う部分がある。

 

 そのうちの一つは人々の服装だった。


 通行人の大半は魔術学校の制服を着ており、それ以外の人々も、ヨーロッパ風のドレスをまとっていた。

 しかし、フランドレアとは異なり、ログレシアの人々が着ている服の方が近代的だ。


 例えば女性のドレスは、フランドレアで出会った裕福そうな女性のドレスは地面スレスレまで裾が広がっていたのに対し、ログレシアの女性が着ているドレスはスカートの後ろ部分か丸く膨らんでいる代わりに、裾が地面につきそうな様子はなかった。


 昔読んだ本に、あの様なタイプのドレスについて書かれていた気がする。確か名前は――バッスル・スタイルだったはず。


 そんな呑気なことを考えながら人混みの中を彷徨っていると、後方から叫び声が聞こえてきた。


「トリアタマタカナキイノシシの群れが現れたわ!」


 聞き覚えのある単語に、思わず身震いする。トリアタマタカナキイノシシ――フランドレアでお世話になったシャナさんいわく「鳥のように美しい羽を持ち、鷹のように優雅な鳴き声を持ち、イノシシの如き突進をする生物」という神秘の存在。


 ついに、その姿を確認できるのか――。


 ワクワクしながら空を見上げた私の視界に現れたのは――黒いモフモフの毛並み。筋肉質な二本足。そして、ピンクのクチバシ。

 その姿はまるで――いや、まさしく……。



「ダチョウじゃん」



 そう。その姿はダチョウその物だった。

 しかも、飛んでいる。

 少し浮いているとかじゃなくて、カモメみたいに、しっかり飛んでいる。


 一体、あの生物の何処にトリアタマタカナキイノシシ要素が――確かに鳥頭だけど、イノシシらしい部分は全くない。


 数十匹にも及ぶトリアタマタカナキイノシシの群れは、何事もなく、頭上を飛び去る筈だったが――。


 群れの先頭に居た一匹が鳴き声を上げる。



「カァァァァァ!」



 耳を塞ぎたくなるような甲高い鳴き声で。



 うん。高鳴きタカナキだな。



 そして、鳴き声をあげた一匹は、地上に向かって突進する。



 うん。イノシシの如き突進だな。


 

 突進した先は魔法薬店ポーションショップのショーウィンドウだった。

 もしや、ショーウィンドウに写った自身を、敵だと思ったのだろうか。


 うん。馬鹿トリアタマだな。



「確かにあれはトリアタマタカナキイノシシですね……」


 アルシエラに向かって、そう呟いたその時だった。


 魔法薬店ポーションショップの入口から、小さな男の子が顔を覗かせる。


「なんじゃ、なんじゃ。また、誰かがイタズラをしたのか!」

 








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