32 目を覚まして?

「さっきから、こっちをジロジロ見て……なんのつもりですか?」

「いえ……なんでもありません」


 斜め前の席に座ったモーガンが、低い声でこちらに問いかける。

 彼女の隣では上機嫌なマーリンがレモンケーキを頬張っていた。


 仕方ないじゃん。

 だって、モーガンさんが向かい側に座っているんだもん。


 目が合ってしまうのは必然だろう。


 こちらの気持ちなど知る由もないマーリンは、ゆっくり欠伸あくびをする。


「あのー、マーリンさん」

「なんじゃ、茶のおかわりが欲しいか?」

「いえ、そうではなく……モーガンさんはマーリンさんの養子か何かですか?」


 これは、今、一番気になっている疑問であった。マーリンの精神年齢が何歳であれ、小さな男の子に血の繋がった子供ができるはずなかろう。


「違うぞ、しっかりとした親子じゃ」

「えぇ、奥さんとかは?」

「おらんぞ」


 なんてことだ。

 妻が居ない男の子に血の繋がった娘だと?


 よくよく、マーリンの姿を見てみると、耳はとがっていた。恐らく彼は人間ではない。


 もう少し詳しく聞こうか、この程度にしておこうか迷っていると、マーリンが何かを思い出したかのように、目を見開いた。

 

「そうじゃ、モーガン。ついでにコハクさんと商品の配達をしてきてくれんか?」

「待ってください。私には議長としての役目が……」

「それなら気にするでない。ミカ坊ちゃんとラディア嬢に仕事を代わりにするよう依頼しておる」


 不機嫌を超えて、つまらなそうな――呆れたような表情を浮かべるモーガンの肩を、マーリンはつっつきながらニヤニヤ笑った。


「ほれ、仕事ばかりしていると大切な物が見えなくなるぞ。あぁ、あの二人の事なら気にせんで良いぞ。ミカ坊ちゃんなんか『こんな僕でもモーガンさんのお役に立てるなら喜んで。モーガン議長たら、いつも一人で何でもかんでもやろうとするから心配なんですよー』などと言っておったぞ」


「あの子ったら……」


 心做しかモーガンの表情が緩んだ。

 まんざらでもない御様子である。


「仕方がありませんね。さっさと終わらせますよ、ミス・ヨウカ」

 

 モーガンは素早く立ち上がると、手招きしながら店の出入口へと向かった。




 今更だが、私も一緒に行く必要はあったのだろうか?



*



 花や風船で彩られたチューダー様式の建物が連なる、繁華街。石畳に覆われた大通りは、ログレシア魔法学校に在籍している生徒達の声が飛び交っていた。


「最新の卵占いに興味はありませんか?」

「植物塔で『ドラゴンカフェ』やっています。ドラゴンに扮した生徒が店員をやってい……」


 聞きなれない単語ばかり耳に入る点を除けば、雰囲気は完全に文化祭そのものである。


「どの生徒も、はっちゃけているというか。とても楽しそうですね」


 肩に乗ったアルシエラに、モフモフのシッポで何度も頭をペチペチされる。


「『あの中に混ざりたい』とか言い出すなよ」

「あれ、バレました?」


 小声でアルシエラに返答すると、こちらの会話が聞こえていないモーガンも、口を開いた。


「でしょうね。吟唱祭は元々、先生方が入学試験の採点に忙しい間学生達が、はしゃぐ為に作った祭りですから」

「この時期に入学試験があるのですか?」


 そういえば、最近はこの世界の気温も上がってきており、季節が夏へと移り変わろうとしていた。

 日本はともかく、海外では、新学期は夏休み後から始まるらしいし、この時期に入学試験があるのは不自然ではないか。


「あーあ、今年の受験生で全科目満点フルスコアの生徒は、今のところ一人しかいないと耳にしました。先が思いやられる」


 モーガンはマーリンから渡された伝票を見ながら、つまらなそうに呟く。


 一人だけでも十分凄いと思うが、火に油を注ぐべきでは無いことぐらい私でも分かる。

 いまは口をつぐんでおこう。


「モーガンさんは、どうして議長の職に就こうと思ったのですか?」


 配達先が書かれたメモをポケットにしまったモーガンが立ち止まる。そして、そのままこちらを一瞥した。


「生徒達の――みんなの笑顔を守りたいからよ。その為だったら私は……」

 

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