6 神殺しの槍

 どこまでも高く、高く、積み重なった。

 とんがり屋根の下。

 複雑に入り組んだ路地には、光り輝く花々と、数え切れない程の屋台が並んでいた。


「そこのお嬢ちゃん。旅人かい?」


 屋台が並ぶ繁華街を散策していると、頭の上に狐の耳がついたマダムに話しかけられた。

 彼女の隣に置かれたワゴンには、香ばしい匂いが漂ってくる。


「はい。そうです」


「どこまで行くの?」


「エレシュリ様の元まで」


「そりゃー、長旅だね。二割引にしてやるから、うちのミートパイ買っていかない?」


「二割引ですか!」


 マダムの笑顔につられて、思わずミートパイへ手を伸ばしそうになる。

 しかし、私が一歩踏み出すより先に、シアンに、左袖の裾を掴まれた。


「こら、バカ。原価が二割り増しになっているのに気づけよ」


 二割り増し……?

 屋台の屋根つけられた値札を見たが、この世界での物価が分からないので、本当に割り増しになっているのか分からない。


 シアンの制止が入ると、先ほどまで穏やかな表情を浮かべていたマダムが、大きな舌打ちをした。


「フンッ。呪われた画家が……余計なこと言いやがって」


 細々としたマダムの声は、ハッキリと聞き取れなかったが、愚痴を零していることだけはなんとなく分かった。


 ま先ほどまでマダムが浮かべていた笑顔は、いわゆる『営業スマイル』だったらしい。


 この場からどうやって立ち去ろうか、あれこれ考えていると、ポケットの中からひょこっとアルシエラが飛び出し、肩に乗る。


「食い意地ばかりはっていると、フォアグラになるぞ。コハク」


「何でミートパイを食べただけで、鳥類の肝臓にならないといけないんですか、アル……」


 うっかり彼が持つ神名を呼んでしまいそうになる。そうだ、今の彼は身分を偽る為に、モフモフへ姿を変えているのだ。

 ならば、ここは別の名で呼ぶべきだろう。

 つまり、あだ名だ。


「モフたん」


「なんだその、マスコットキャラクターみたいな名前は。そして、フォアグラというのは、例えだ」


 私の左袖から手を離したシアンは物珍しげな表情でモフたんを、観察する。


「使い魔の方が保護者ぽいな」

「小僧。オレは使い魔では無い」


 アルシエラのつぶらな瞳がシアンを睨みつける。残念ながら、覇気や、威厳の類は一切感じられない。


 無論、シアン側もアルシエラの機嫌などどうでもいいらしく、「さっさと行くよ」などと言いながら、再びこちらの左腕を引っ張ってきた。


 うぅ……ミートパイは気になるけど、ここは諦めよう……。


 ぐぅー、と鳴るお腹を抑えながら、繁華街を歩いていると、異様な集団が目に写った。


 異と言っても、妖精の羽が生えているとか、動物の尻尾がついているとか、そういう身体的な特徴では無い。


 問題なのは、服装だ。

 リーダーらしき男女から、部下らしき人達まで、皆、黒い。黒い。黒い。黒い。


 全身黒ずくめだった。

 まるで、葬儀屋だ。


「シアン君。あの人達は誰?」


 シアンは細々とした声で答える。


「アイツらは聖槍ユースティティア。関わらない方がいいよ」


 関わらない方がいいとな……まさか、その

聖槍ユースティティアというのは、裏社会の方々だろうか?


 あれこれと、考えを巡らせていると、私達の前に、一人の女性が現れた。


 紺色の髪。金色の瞳。

 身を包むドレスは、装飾品が多いにも関わらず、上品な雰囲気を損なっていない。

 そして、目元に施された夜空色のアイシャドウが、どことなく色気を放っている。


 彼女の容姿を一言でまとめるならば『おとぎ話に出てくる魔女』だ。


「あら、シアン。おかえりなさい。そちらの可愛らしいお嬢さんと、素敵なお方は?」


「エレシュリに会うために旅をしているコハクさんと、そのペットだよ」


 シアンによる、語弊しか産まない紹介文を聞いたアルシエラがポケットから飛び出そうとしたが、慌てて抑える。


 どうやら、この女性はシアンの母らしい。


 何を思ったのかシアンの母は、手で口元を抑え、クスクスと笑い出した。


 


 

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