7 これはトリアタマタカナキイノシシだ。もう1回言うよ……

 テーブル中央に置かれた鍋には、溢れんばかりの野菜と肉が詰められている。そして、鍋の周りには机を埋め尽くす程の料理が並んでいた。


「どれも美味しそうです」


 空腹であることを告げるギュルギュルという音と共に、感嘆の声が漏れる。すると、キッチンに立っていた女性が満足そうに微笑んだ。


 シアンの母であるシャナだ。


「あらぁー、どれもワタシの自慢料理だから、お気に召したようで良かったわ。好きなだけ食べてね」


 当初の予定では、フランドレアに到着次第、宿探しをする予定だった。

 もちろん、資金はアルシエラが無尽蔵に出してくれる為、どれだけランクが高い宿に泊まろうが遠慮は要らない。


 しかし、旅の目的を聞いたシャナは気前よく「宿が無いなら家に泊まればいいじゃない」と提案してくれた。


 という訳で、お言葉に甘えさせていただいた結果。私とモフモフはシャナさん御一家にお世話になることになったのだ。


 泊めていただけることは嬉しい――嬉しいのだが。

 少々、都合が良すぎやしないか?

 それとも、異世界では、このぐらい親切なのが普通なのか。


 「いただきます」と宣言し、料理へ手を伸ばす。

 手始めにスープの中に転がる肉を頬張ってみる。


 すると、口の中に、少しピリ辛いソースの風味と、ぎっしりと詰まった肉汁が広がった。


 これは絶品。もうお店に出しても良いレベル。

 それにしても、この肉は何だろう?

 食感からして、鳥でも、豚でも、牛ですら無い。


「シャナさん。これ何の肉ですか?」

「あぁ、これはトリアタマタカナキイノシシの肉よ」

「トリアタマ……え?」

「だからトリアタマタカナキイノシシよ」


 なにそのパワーワード。

 鳥類なのか、イノシシなのか分からない生物。


「そのトリアタマタカナキイノシシとは何ですか?」


「名前の通り、鳥のように美しい羽を持ち、鷹のように優雅な声を持ち、イノシシの如き突進をする生物よ」


 名前の通りって……残念ながら、私には、そのパワーワードすぎる名前からは、どのような生物なのか想像出来なかった。

 いや、説明を受けてもどんな生物なのか想像することは出来なかった。


 何と返事をすれば良いのか分からず、苦笑いをしていると、シャナさんは小皿に載ったスープやパンをテーブルに乗せた。

 てっきり、シアンの為に用意したものかと思ったが、それにしても小さすぎる。


「これは、モフモフさん用ね」


 シャナがそう言うや否や、アルシエラは皿の中身を頬張り始めた。

 食べ方は完全に犬である。

 小動物に化けているのだし、仕方ないか。

 

「ところでさぁ……」


 先ほどから大人しく料理を頬張っていたシアンが口を開く。


「コハクさんは、どの神様から祝福を受けた魔術師マギーズなの?」


 祝福とは何だ?

 確か「神様から因子を与えられた存在が魔術師マギーズだったはず――。


「その祝福というのは……神様から因子を貰うこと?」

「他に何があるんだよ?」


 席についたシャナがシアンを睨む。


「こら。そういう言い方は辞めなさい」

「はーい」


 対してシアンは不服そうに頬を膨らませた。


「私に祝福を下さったのは……アルシエラ様です」


 呆れ半分に眉を八の字にしていたシアンの表情が険しくなった。

 何か、まずい事でも言ったであろうか?


 スープの中に顔を突っ込んでいたアルシエラが顔を上げる。


「そうだ。コハクは裁定神の眷属だぞ」



 口元に赤色の存在をつけた神様は、グイドレーニ家の食卓に、真顔で爆弾を落とした。



 

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