5 カミサマ。カミサマ

「えぇ! そんなことも知らないの?」


 信じられないと言わんばかりに、シアンは眉間に皺をよせた。

 湖から歩き始めてから、推定三十分。

 シアンと世間話をしているうちに、一つの事実に気づいた。


 それは、私がこの世界について全く知らないということ。


 しかも、その大半は、この世界では常識と呼ぶべき事柄である。



――出発する前に、アルシエラが全然教えてくれなかったもん。仕方ないじゃん。



 抗議したい気持ちは山々だが、残念ながら、この世界において私が世間知らずであるという事実に変わりは無い。

 ここは大人しく情報収集をしておくべきた。


「ごめんね。私、田舎育ちだから……」


「いくら田舎育ちでも、このぐらい分かるでしょ?」


「それがね……ツンドラ育ちなの」


 肩に乗ったアルシエラから「いつからイヌイットになった?」というツッコミが入った気がするが、今は気にしないでおこう。


「しょうがないな。特別に僕が教えてあげるよ」


「ありがとう。シアン君、優しいんだね」



 シアンの目が、照れくさそうにそらされる。口調は偉そうだが、可愛い部分はあるらしい。




*



 これは、ずーと昔の話。

 まだ天地が出来たばかりの頃。


 世界には四柱の神様がいました。


 一柱目はエレシュリ。

 優しい冥府神エレシュリ。


 二柱目はアザゼラ。

 明晰な癒合神アザゼラ。


 三柱目はアルシエラ。

 冷徹な裁定神アルシエラ。


 四柱目はアスタロト。

 敬愛すべき魔術神アスタロト。


 この四柱は、互いに力を合わせ、人々に知識や魔術を与え、人間を導いていました。


 しかし、千年前のある日。


 世界に厄災が訪れました。

 

 別の世界から、漆黒の怪物達が攻め込んできたのです。


 神様と人々は戦いました。


 数え切れない程の血が流れました。

 数え切れない程の死体が山となって積み上がりました。


 最前線で戦ったエレシュリ様は、命の灯火を失いました。


 人々を守る為に身を投げ出したアザゼラ様は、世界を守る結界となり姿を消しました。



 怪物が去って、何も出来なかった事に絶望したアスタロト様は深い眠りにつきました。



*



「そして、一人残されたアルシエラ様は、人々の中から、強い意志を持つ者を抜擢し、神としての力を与えました」


「それって、要するに神様を増やしたってこと?」


「そう。二度と同じ悲劇をくり返さないように、戦力となる神を増やしたんだ。人間達が住む各都市から有望な人材を抜擢して、それぞれの都市に守護神霊を配置した。そして、その時に魔術師マギーズと眷属のシステムも作ったんだ」


「なにそれ?」


「各神様は、それぞれ己の信念を持っていて、その信念に近い考えを持つ人間に力を与える。この力を与えられた人間こそが魔術師マギーズ魔術師マギーズの中でも、神の代行者として選ばれた存在を眷属と呼ぶ」


「へぇー、なるほど」


 今、私はアルシエラの代わりに、エレシュリの因子を回収しようとしている。つまり、代行をしている訳だ。


 つまり――どっちみち眷属にさせられたという事だろう。



 ポケットの中を睨み着けると、モフモフとなった裁定神は、暢気に欠伸をしていた。


 そのまま、モフモフのボディをつまもうとしたが、それより先にシアンの声が響いた。


「やっと、目的地が見えてきたね」


 顔を上げると、延々と続いていた森の先にゴールが見えてきた。

 今まで視界を覆っていた風景が宝石の森から、フランドレアと思わしき街を一望できる崖の上へと移り変わった。


「あれがフランドレアですか?」


 崖の下に広がっていたのは、かなり大規模な町並み。


 ゴシック調の建物が並んでいる。

 ただ、並んでいるだけでは無い。

 幾重にも、幾重にも重なって、七階建てマンションぐらいの高さになっている。建物の間に張り巡らされた街路は、まるで葉脈のように、どこまでも広がっていた。


 街の外側へ視線を移すと、貿易船だと思われる船が空から、港へと降り立とうとしていた。


 本来ならば「え? あのデカい木材の塊がどうやって浮いているの?」などと、アルシエラに問いただしたいところだが、空気を読んで口を噤んでおくことにする。


「そうだよ」

「綺麗な街ですね」


 こちらの感想を聞いたシアンは、つまらなそうに「大したことないよ」と返答した。


 こっちだよ、と言いながら手招きするシアンについて行く。


 そういえば、さっきシアンから聞いた話の中に気になる部分があった。



――エレシュリはもう死んでいる。



 これが本当ならば、アルシエラは死んだ女神に因子を奪われたと主張している事になる……。


 


 

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