4 白いドレスを纏った少女

 四方八方を囲む木の枝には、多種多様な宝石が吊る下がっている。

 そして、時々、木々の隙間から見え隠れするキノコのカサは、虹色や黄金色に輝いているせいで、見る者の食欲を皆無にさせた。


 一見、すれば神秘的な風景だ。

 絵本に出てきそうな美しい風景。

 いつまでも眺めていたい、綺麗な風景。


 残念ながら、どこまで続くのか分かっているという条件付きでの話だが。


「アルシエラ様ぁー」

「どうした? まだ、歩き始めてから十分しか経っていないぞ」

「そうじゃなくて……いつまで歩けば良いの?」


 旅の支度を終え、城の外へ出た私は、アルシエラの指示により、城をとり囲む森の中をまっすぐ歩かされた。

 本来、旅の支度という物は、何日もかけて行うものだと思うが、奇妙なことに、城中には、旅路に必要な物品が初めから揃っていた。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 今、重要なのは『この森がどこまで続くか?』ということだ。


 アルシエラに導かれ、歩き始めた宝石の森には、いつまで経っても果てが見えなかった。


 そういえば、昔のヨーロッパ人は、森を切り開いて、その中に街を作っていたよね?


 だから町々は常に、森に囲まれていた。

 そして、未開拓の森は恐怖の象徴であり、何か悪い物が出てくると考えられたと聞く。そう、同じ時代に作られた童話『赤ずきんちゃん』のオオカミみたいに。


 目の前に広がる風景が少し恐ろしいと考えたその時、背後からアルシエラの声が聞く。


「それは分からん」

「なんですかそれ。まさか、私達、迷子になっていないよね?」

「なっていないぞ。森の長さは『森の気分』で変わるからな。今日は長い気分なのだろう」


 ちょっと待て。いつから森に自我が芽生えの?



 「なんですかそれー」と言い返すべく、振り向くとアルシエラの姿は無かった。いや、そんな筈は無い。だって、さっきまで――。


 戦慄に悲鳴を上げそうになった、その刹那。


 足下から聞き覚えのある声。


「急に立ち止まるな」


 恐る恐る、足下を見ると、てるてる坊主のような形をした花が一つ。


「アルシエラ様……こんな……前方後円墳みたいな形になってしまって」

「違う。それはオレじゃない」


 右足に突然痛みが走る。

 そちらの方を見ると、姿が変わり果てたアルシエラが居た。

 恐ろしい見た目になった訳では無い。むしろ、その逆。


 狐の様な尻尾、犬の様な耳。

 見たことが無い、奇妙な見た目をしたその小動物は、そのまま飛び上がると、ポケットの中に侵入した。


「えーと、アルシエラ様。その姿は?」

「近くで、人間の気配がする。神としての姿を見られたら面倒だ」


 

 なるほど。確かに、森を歩いている時に、突然、神様が姿を現せば誰だって困るだろう。


 そもそも、アルシエラを信仰している人間自体、どのぐらい居るのだろう――もし、自称神様とかだったら嫌だなぁ。


 下らない事を考えながら、木々の間を抜けてゆくと、やがて湖に辿り着いた。湖の水は清く澄んでおり、覗き込んでみれば、底に溜まった小石を目視する事が出来た。


 ここまで済んでいれば、少しぐらい飲んでも問題無いよね。


 そのまま、湖に手を伸ばすと、傍から少年の声が響いてきた。


「神域の水に手を突っ込むとか。お姉さん、正気?」


 声がした方を見ると、中学生ぐらいに見える少年が、呆れた表情でこちらを見ていた。


 丁寧に切りそろえられた茶髪。澄んだ空をそのまま落とし込んだようなブルーの瞳。そして、小柄な体格には似合わない中世ヨーロッパ風の装い。


 急に少年が現れた事にも驚いたが、何より彼が話している言語が一番奇妙だった。まず、結論から話すと、彼が話している言語は日本語では無い、だからといって英語などの他言語とも異なる不思議な言葉だった。


 それにも関わらず、何故か私には彼が何を言っているのか分かる。

 意味が分かる。理解出来る。

 まさか、アルシエラが気を利かせて、この世界で使われている言語を理解できる様にしてくれたのであろうか?


「というか、お姉さん誰? 見た感じ、この辺の人じゃないよね?」


「えっと、私は……旅人です」


 嘘はついていない。


「何の為に旅をしているの?」


「エレシュリ様に会う為かな……」


「ふーん。神域の水に手を突っ込むヤツなんかに、冥府神が会ってくれるかね?」


 少年は、怪しむような目でこちらを見つめた。

 なんだか、小馬鹿にされているような気がするが、気のせいだと信じておこう。


「えーと、君はどうしてここに居るのかな?」


 話題を変えるべく、少年について質問すると、彼は湖の傍にあるいくつかの道具を指さした。


 湖の傍に並べられた、それらは、布製のキャンバスだったり、油絵の具や、消しゴム代わりに使われるであろうパンの切れ端など。


「画家なの?」


 少年は「そうだよ」と言いながら深く頷く。


「僕はシアン。シアン・グイドレーニ。この森を抜けた先にある都市、フランドレアで活動している画家だよ。君は?」


「私はコハク。旅人の桃花琥珀とうかこはくです」


「分かった。コハクさんね」


 先ほどまでの訝しむような表情は、何処へやら。

 シアンはニッコリと微笑むと、画材を片付け始めた。


「フランドレアに帰るの?」


「うん。描きたかった絵は完成したからね。それよりもコハクさん、この森を歩いているってことは、君もフランドレアに向かう予定なんだろ。どうせだし、一緒に行かない?」


 このままシアンとフランドレアに向かう――それも、良いかもしれない。アルシエラは私に、森を抜けるように指示をした。


 森の先が本当にフランドレアならば、このまま彼について行ってもいいかもしれない。


「良いですよ」

「じゃあ、画材が片付け終わるまで待ってて」


 シアンはそう言いながら、散らばる画材を拾い上げる。

 彼の私物であろうそれらは、素人でもある私にも高級品だと理解出来るほど精巧な作りをしていた。


 そして、彼が持つ絵の才能も一級品であるらしく、キャンバスの中では湖の畔で佇む一人の少女が描かれていた。

 ゆったりウェーブがかった髪を持つ、碧眼の少女だ。

 真っ白なドレスを纏っている。


「その絵に描いてある人は誰?」

「誰だと思う?」


 こちらの問いかけに対し、少年は問い返してきた。


「恋人とか、妹とかかな?」

「大体当たりかな」


 なんだその、中途半端な答えは。


「分かった。友達以上、恋人未満の人だ」

「ちげぇよ。何で自信満々に答えてんだよ」

 

 



 


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