18 最凶の魔法は物理攻撃
魔法と物理攻撃が戦った際、魔法使い側唯一の弱点は『詠唱中の時間』。
シデンは一秒も経たないうちに、見事に弱点を狙うことに成功したと思われたが――。
「何だか店の外が
敵の心臓を貫こうとしていた、女性の刃先がピタリと止まる。
大きな足音を立てながら、背後から姿を表したのは、クラリスおじ――お姉さん。
クラリスは地面に散乱したガラスの破片を拾う。よくよく、見てみれば割られていたのは、製菓材料店の裏口、そこにはめ込まれたガラス窓だった。
「おや、これはウチのガラスじゃないか」
「なっ何だこのオッサンは!」
「オッサン? お前、私をオッサンと呼んだね?」
「事実だろ?」
クラリスが店の入口に立てかけてあった魔法のステッキ――型の鈍器を掴み、振り回す。
「どう落とし前をつけてもらおうかねェ?」
数秒後、店の周囲には、耳を塞ぎたくなるほどの、悲鳴が飛び交った。
*
「毎度ありー!」
ニコニコ笑顔のクラリスが抹茶と、ベーキングパウダー、そして、グラニュー糖が入った袋を手渡す。
先ほどの剣幕はどこへ行ったのやら。
店内にはケルト音楽が似合いそうな、ほのぼのとした空気が流れていた。
シデンと名乗っていた女性も、いつの間にか姿を消している。
結果的に起きたトラブルは全て、クラリスによる愛のムチ(物理)によって一掃されたが――これで良かったのかな?
「クラリスお姉さん」
「何だい?」
「さっきの人達は、どうして、あんな酷いことをしていたのでしょうか?」
「うーん、奴らが言うには、シャナさんを探しているらしいね」
「シャナさんって……シャナ・グイドレーニさん?」
クラリスが関心した様に「へぇー」と感嘆をあげる。
「あの人、グイドレーニという苗字だったのかい?」
「えーと、お知り合いですよね?」
「あぁ、一応ね。まだ、私の父がこの店を経営していた頃からのお得意さんだ。不思議な人でねぇ。父から聞いた話では、昔から一切歳を取っていないそうだよ」
*
鉄鍋の蓋を取ると、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。鍋の底から現れたフワフワの物体を皿に乗せる。
「アルシエラ様ぁー!」
食器棚の上で、昼寝をしていたアルシエラに呼びかける。すると、アルシエラは小さな耳をピコピコと動かし、ゆっくりと目を開けた。
「次は何をやらかした?」
「まだ、何もやらかしてないですよー。それよりも、やっとオヤツが完成したので試食して下さい」
手に持った皿をテーブルに乗せ、ティーカップに青色のお茶を注ぐ。これは、私が元々住んでいた世界にもあった物だ。
確か名前はバタフライピー。
そして、鍋から皿に移された円柱のフワフワに粉砂糖をかける。すると、薄緑のボディに、粉雪の様な砂糖が、かかった抹茶スフレパンケーキが爆誕した。
しかし、ここで終わりでは無い。
苦甘い、抹茶パンケーキの上に、甘酸っぱいマーマレードをかける。
これで、苦味と酸味のコラボレーションを楽しめるという訳た。
我ながら中々良い出来じゃないか。
どうせなら異世界でスイーツショップを経営するのもアリだね。
妄想をあれこれ膨らませていると、人型に戻ったアルシエラが、スっと椅子へ着席し、スフレパンケーキを頬張る。
「美味い」
そして、サラッと呟いた。
「他に感想は無いんですか?」
アルシエラがキョトンとする。
まるで、どうして親に叱られているのか理解していない子供のようだ。
「『美味い』だけだと頑張って作った甲斐が無いというか……寂しいというか……」
銀髪の美青年は、どうしたものかと言わんばかりにグーの形にした右手を顎に当てる……そして、再び彼が口を開いたのは十秒後だった。
「まず、第一に見た目が素晴らしい。形や焼き加減は勿論、黄色のジャムと緑のパンケーキの組み合わせが美しい。更に、味も最高だ。最初に、砂糖の甘みと、ジャムの酸っぱさ、その後に抹茶の苦味が……」
「待って下さい。確かに他にも感想が欲しいと言いましたが、ここまでは――!」
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