19 貴方が神様になった日
魔法で濡れた髪を乾かしながら、客室へ足を踏み入れる。
相変わらずドタバタとした一日だった故か、無意識のうちに足取りが重くなる。
今日も長い、長い、一日が終わった。
夕方になり、やっと部屋から出てきたシアンにドラゴン肉のスープと、パン、そして、抹茶スフレパンケーキを食べさせ、帰ってきたシャナの代わりに、風呂の掃除や、食器の生理も代わりにやった。
まぁ、大抵の作業は呪文一つで終わってしまったが……。
今ではすっかり慣れた客室のベッドに飛び込もうとしたその時、先客がいることに気づく。
アルシエラだ。
しかも、獣型では無く人型の。
彼も疲れ果ててしまったのだろうか。
掛け布団の上に、そのまま寝転がったアルシエラはスヤスヤと寝息を立てていた。
幸い彼が寝転んでいたのは、ベッドの中央ではなく、左端であった為、私も寝転ぶことは可能だ。
そう寝転ぶことだけは。
眠りに着ける気は全くしない。
「アルシエラ様ぁー!」
なんとか彼を起こせないかと、体を揺さぶってみたが、効果は皆無であった。
今までならば、獣型のアルシエラが枕元で丸まっていただけなのだが……今は青年の姿をした神様が一人。
思い切って、そのままベッドの右側にダイブしてみる。
昼間、ベランダで干していたベッドからはいわゆる『お日様の匂い』がした。
目を閉じ、耳をすます。
すると、窓から虫の音が聞こえてきた。
匂いもする。
柔軟剤みたいな、ポプリの様な、はたまたアロマキャンドルの様な――そんな香り。
どこからするんだろう?
部屋全体?
それともシーツ?
どれも違う。アルシエラの方からだ。
これ何の香りだっけ?
あ、思い出した。
ラベンダーだ。
*
うっすら目を開ける。
まず、視界に入ったのは青い空。
そして、周囲を包むラベンダー畑。
――ここはどこ?
目を擦りながら、体を起こす。
すると、花畑の周りが針葉樹が並ぶ森と、綺麗な小川に包まれていることが分かる。
小川で顔を洗おうと、立ち上がろうとしたが、何故か全身に力が入らない。
それどころか、寝ぼけているのか上手く思考がまとまらない。いや、むしろ、眠っているのか?
――つまり、これは夢?
世の中には眠っていることを自覚しながら見る夢――明晰夢という物があるらしいが、どうやら私は明晰夢を見ているらしい。
「起きた?」
背後から少女の声。
振り向くと長い、黒髪が揺れる少女がそこにはいた。
彼女が纏う十二単は袴から
顔は――残念ながら見えない。
逆光のせいで、表情は何も見えなかった。
少女はこちらへ手を差し出す。
「笑ってよ。そうすれば、どうにかなるからさ。アルシエラ」
あなたはだあれ?
*
「コハク。さっさと起きろ!」
「むぅぅー」
大きな手によって体がゆすられる。
起き上がってみれば案の定、犯人はアルシエラだった。
「なんですかぁー?」
ゆっくりと背伸びをしながら、欠伸をする。なんだか、不思議な夢を見ていた気がする。アルシエラ様の記憶みたいな夢。
未だ半分夢の世界に居る私に対し、安眠を妨害した本人は今までに無いぐらい、深刻な表情を浮かべていた。
「欠伸をしている場合では無い。奴らが来るぞ」
「奴らって、まさか
「ここに来るの?」
「そうだ。真っ直ぐ、この家へと向かっている」
半信半疑の状態で窓を開けたが、外には、背が高い建物が密集しているフランドレアの街並みと、深夜にも関わらず酒を飲みながら騒ぐパリピ集団が
「どこに
「時計塔の方から十名程来ている」
アルシエラが指で示した方向を見たが、やはり、黒衣の集団は見えなかった。
もはや、これは視力が良いなどではなく、透視能力ではあるまいか。
「十人ですか――少ないですね」
聖堂で彼らと対峙した時はもっと人数がいたはずだ。
この家を襲撃するぐらいなら、少人数で十分だと考えたのだろうか?
しかし、私と対峙したベアトリーチェは早々に撤退した。ならば、こちらの実力は理解しているはず――。
「何はともあれ、シアン君とシャナさんを避難させよう」
「君は戦うつもりなのか?」
「出来れば戦いたくないよ。話し合いで済ませたい。それでも、奴らが暴力的な方法で、主張を通すなら――私は許さない!」
アルシエラが何とも言えない表情を浮かべる。
「どうしてもそうしたいと言うなら好きにしろ。オレは反対するがな。全く、せっかく助けてやった命を無駄にしようとするとは……」
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