36 違和感の正体

 モーガンに導かれ、辿り着いたのはマーリンの魔法薬店ポーション・ショップだった。


「モーガンさん、確かご自宅に戻る予定でしたよね?」

「えぇ、そうですよ」

「でも……」


 こちらの質問に対し、モーガンは首を縦に振った。

 しかし、初めてマーリンと遭遇した際、魔法薬店ポーション・ショップの内装を見たが、内装は売り場と、作業部屋だけだった。

 

 階段等も無かったし、あの建物のどこに居住スペースがあるのだろうか?


 建物の正面まで向かったモーガンは、そのまま魔法薬店ポーション・ショップの入り口へは向かわず、建物の側面へと回り込んだ。

 そして、裏口らしき扉のドアノブをひねる。


「さぁ、中に入って下さい」


 モーガンに導かれ、室内に入った私は、思わず息を飲みそうになった。

 中に広がっていたのは、描かれている物が動いている不思議な肖像画、花とツタがてすりに巻き付いた階段、そして花柄のカーペット。

 ビジュアルがファンタジックであることを覗けば、その姿は普通の一軒家であった。

 しかし、この小さな魔法薬店ポーション・ショップの一体何処に、一軒家規模の居住スペースが入るのか?


 私が口をパクパクさせていると、モーガンが疑問の答えをさらりと述べた。


「ウチは入り口によって内装が変わるで、お気を付けて」


 なんだそれは。便利、便利すぎる。

 要は小さなスペースでも有効活用できるシステムだということだろう。

 もし、この世界で家を買うなら、この様な家にしよう。



*



「こちらに座って下さい」


 モーガンが示したのは、花柄の彫刻が彫られた可愛らしい椅子だった。

 指示された通り、着席すると、モーガンが向かい側に座る。

 アルシエラは肩から飛び降り、机の上へ着地した。

 

 窓から差し込む光は暖かく、暖炉から響くバチバチと薪が燃える音が心地よかった。


「まず、手短にこちらの状況を説明します……」


 モーガンがゆっくりと話し始める。

 内容はこうだ。

 状況を他議会メンバーと先生方に報告するついでに、ログレシア中を徘徊している警備用石像にルシルドを捜索させました。

 しかし、手に入れた情報は無し。

 ここまでは、予想通りだ。

 なにせ相手は聖槍ユースティティア

 簡単に、尻尾が掴めるわけが無い。


 問題が起こったのは、その後。

 地上の状況を確認するべく、ログレシアの外にも石像を送ったモーガンであったが、残念ながら外部とは連絡が取れなかった。

 一カ所だけではない。

 ログレシア外にある全ての都市でだ。



「これは異常ですね……」

「えぇ、そこで私は仮説を一つ立てました。実は私達は敵の手の内で、踊らされているのではないかと」

「要するに……?」

「ミス・トウカ。ここに来るまでに奇妙な体験をしませんでしたか?」


 奇妙な体験……。それなら一つだけある。


「そういえば……客船の中で妙にリアルな夢を見ました」

「奇遇ですね。私もです……ですが、逆に考えて下さい。もし、私達がまだ夢の中だとしたら?」

「夢の中……それってつまり……」

「貴方が今まで夢だと思っていた方が現実で、現実だと思っていた方が夢だとしたら?」


 なるほど。信じがたい仮説だけど、それなら外部と連絡が取れない状況にも辻褄が合う。恐らく、この夢世界はログレシア内部までしか作られていないのだろう。


「根拠は少ないですが……それなら、一応説明はつく……」

「あら、根拠が足りない……そうですか」


 私が返答し終える前に、モーガンは素早く、テーブルに乗ったアルシエラをつまんだ。

 そして、フーと息を吹きかける。


「ちょっと、何を……」


 アルシエラの方へ手を伸ばした、その刹那。

 小さなモフモフの体にヒビが入り、崩れ落ちる。

 

「どういうことですか?」


 こちらが慌てる様子を見たモーガンは高笑いをする。


「なぁに、簡単なことですよ。私達を閉じ込める為の結界に、神という邪魔者をヤツら聖槍が入れると思いますか?」


「なら、このアルシエラ様は……?」


「十中八九、夢の木から得た情報で作った幻でしょう」


「そんなことが可能なんですか?」


「えぇ、あの大木が夢の木と呼ばれる理由、それは、あの木が人々の無意識――すなわち夢から、作られているからです。この性質を利用すれば、木の実という形で、夢や空想を再現することも可能です。もちろん、魔法学校の全校生徒という大人数に夢を見せることだって」

 

 そんな馬鹿な。

 これだけの人数が騙されていることに気づかないなんて。

 それにしてもルシルドの目的は何だ?

 ここまで大がかりなことをして、何がしたい?


 脳内でゆっくりと情報を整理していると、窓辺から凜々しい女性の声が響いた。


「おやぁ、どうして君は、夢の木に対して、そこまで詳しいのかなァ?」


 窓辺を見てみれば、いつの間にかシデンがニタニタしながら窓辺に座っていた。

 足を組みながら、逆光を浴びているせいで、見た目が少し怖い。


「貴方こそ、どうして人様の家に堂々と侵入しているのです?」


 モーガンが正論で返す。


「窓が開いていたから入ってただけだよ?」


 それを人は犯罪と呼ぶんだよ。



「私の最高機密を、どこぞの馬の骨に教えるつもりはない……とでも、言いたいところですが、今更隠し事などする訳にはいきませんね。どうぞ、貴方も座って下さい」


 モーガンが隣にあった椅子を引くと、シデンは堂々と座り込んだ。

 不法侵入に関して、反省する気は微塵も無いらしい。


「さて、どこから話したものか……いっそ、初めから話しましょう。まず、結論から言うと私は人間ではありません。私の正体は、夢の木から落ちた赤色の果実です」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る