【一章最終話】24 人生は夢であり、夢はまた人生
港に着くと数え切れないほどの人々が、ごった返していた。
獣人、妖精、鬼人、彼らの種族は様々。
ドレス、漢服、修道服、装いも十人十色。
まるで、絵本の世界に迷い込んだ様な光景だった。
波止場付近には黒を基調とした制服を着た人々が集まっているが、あれが魔法学校の学生であろうか。
「コハクちゃんが乗る船はアレね」
圧巻と呼ぶべき風景に思わず言葉を失っていた私を、シャナがクスクス笑う。
そして、先ほど入港してきた一隻の客船を、指さした。
木製だと思わしき船体。
船の腹を埋め尽くす程の窓からは、船内の豪華な装飾が見える。
その姿は船というより『船の形をした巨大ホテル』と呼ぶべきだった。
「あれが魔法学校から出ているログレシア直通便よ」
「これはまた豪華ですね……」
「ログレシアの学者達は見栄っ張りだからね」
シャナが大笑いしていると、隣に立っていたシアンが頬を膨らませた。
「僕がデザインすれば、もっと機能的かつシンプルで美しい船になるのに……」
どうやら船のデザインが気になるらしい。
「私もシアンがデザインした客船にいつか乗りたいな」
「いつか必ず乗らせてあげるよ。だって僕は天才だからね」
腕を組んだシアンは、満更でもない表情で目線を逸らした。
ポケットから顔を覗かせたアルシエラが口を開く。
「もう時間だ。そろそろ行くぞ、コハク」
「分かりました」
港に設置された時計を確認すると、本当に船の出発時刻が迫ってきていた。
時間の経過はあっという間だ。
今までお世話になったシャナとシアンに向かい合い、お辞儀をする。
「シャナさん。シアン君。今までお世話になりました!」
「こちらこそ、沢山の思い出と美味しい料理をありがとう」
顔を上げたその時、シャナさんのフワフワとした香りが身を包む。
抱きしめられたのだ。
あぁ、とても優しくて。
とても、暖かい。
これがきっと『お母さん』なんだ。
「貴方の旅路にミネヴァの祝福あれ」
*
グイドレーニ家と別れ、乗船を待つ学生達に紛れ込んでいると、今度は意外な人物に話しかけられた。
「あれぇ、こんな所にいるなんて次は学生にでもなるつもりかなぁ?」
白髪に妖精らしき尖った耳。
ベアトリーチェである。
ただし、今日の服装は
私服だろうか?
「今日はオフだから、そんなに警戒しなくていいよぉ」
「
「あったり前じゃーん。有給や残業手当もちゃんとあるよ」
なるほど。日本中のブラック企業に見習わせたい福利厚生だ。
「まずは、私の同僚がコハクさんにご迷惑をおかけした事をお詫びさせて」
そして、ベアトリーチェは被っていたベレー帽を外し、深々とお辞儀する。
「急に攻撃してきた割には、部下の不始末は謝るんだね」
ベアトリーチェが顔を上げる。
表情からは反省の色が伺えない。
「この前は、ちゃんと本部の許可を貰って『槍』を使っていたもん」
「槍?」
「これのことね」
少女の口から二節ほどの呪文が唱えられると、炎を纏った剣が現れた。
聖堂で見た物と同じである。
「槍じゃなくて剣じゃん?」
「それは言わないお約束だよ。これは、私を含めた各
レーヴァテイン……どこかで聞いたことがある単語だ。北欧神話であったか。
「お詫びがてら、もう一つ教えてあげる。今、ログレシアにはルシルドが居るから警戒した方が良いよ」
ルシルドもどこかで聞いた名前だ。
確か、元々シアンの面倒を見ていた画家をベアトリーチェが殺害した際に、アトリエを訪れたという人……。
「そのルシルドさんは危険な人?」
ベアトリーチェがニッコリ笑う。
「
それってかなり危険人物なんじゃ……。
ルシルドについてもっと知るべく口を開こうとしたが、その前に客船の方から、鐘を鳴らす音が聞こえた。
「ログレシア便まもなく出港でーす!」
まずい。今すぐ乗船しないと。
ベアトリーチェに一礼し、船へと向かう。
乗り口から船内に入った時、再び聞き覚えのある声が響く。
「ベアトリーチェ!」
シアンだ。様子が気になり振り向いたが、船の扉は閉じてしまい、聞こえるのは二人の声だけだ。
「シアン……」
「やっと会えた。やっと……」
「どうしてここに?」
「コハクさんの船を見送ろうて港に戻ってきたら君がいたんだ。ねぇ、昔みたいにお茶しながら芸術について語ろうよ」
「どうしてそんな……私はあなたの事を騙していたのに」
「騙してなんかいないよ」
出港する船内から聞こえてきた最後の言葉は、シアンの明るい声。
「だって、君が子供じゃないことは、とっくに気づいていたからね」
*
「ひろーい!」
客船に入ると、獣耳が生えた女性から部屋番号を言いわたされた。
そして、指示された客室に入り、最初に視界へ飛び込んで来たのは、吹き抜けとなった二階建ての部屋であった。
ここがログレシアに着くまでの間、私のお宿となる部屋だ。
魔法で部屋の容量を増やしているのだろうか、廊下に並んだドアの間隔と比べて、部屋のサイズが明らかに不自然である。
そのまま、顔面からベッドへ飛び込む。
途端、ポケットに入っていたアルシエラが悲鳴をあげながら、床へと降り立つ音がした。
「危ないな!」
「すみません。つい……」
苦笑いをしながら、部屋中を見渡す。
シックな家具類に、星座が描かれた青い絨毯。
勉強用だと思わしきデスクには、インクと羽ペン。
まさしく、魔法使いの部屋と呼ぶべき内装だった。
デスクが面している壁に窓があったので、カーテンを開け外の風景を見る。すると、ゴシック調の建物が重なっているフランドレアの町並みと、中央に立つ時計台が目に映った。
そして、しばらく街の風景を眺めていると、時計塔から無数の光が範垂れた。
眩い金色の光。
あれは蝶だ。ミネヴァの眷属である黄金色の蝶。
その風景はまるで私達を見送っているようであった。
「行ってきます。ミネヴァ様」
☆
ここまで読んで下さりありがとうございます。無事に一章、完結です。
「続きが読みたい!」 「結局、聖堂はどうなったのか?」
「物語に出てきた料理を食べたい!」
などと思っていただけましたら、☆、♡、コメント等で応援していただけると嬉しいです。
オマケに『シアン&コハク』イラスト↓
https://kakuyomu.jp/users/sugarann/news/16818093081477624251
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