23 いつか花が咲き乱れるように
ショルダーバッグを開く。
このベージュ色に金色の星飾りが散りばめられた鞄は、
厳密に言うと、使用者によってショルダーバッグの容量が変わるらしいので、無尽蔵では無いが……。
そして、バッグの中に、衣服や魔術道具を放り込み閉じる。
「荷物の整理は終わったか?」
ベッドから、ふわりと飛び降りたアルシエラが、音もなく床に着地する。
まるで猫みたいだ。足の裏についた肉球のおかげだろうか?
「はい。大体終わりましたよ。服に、魔法道具、そしてアルシエラ様」
「オレを物に含めるな」
アルシエラから辛辣なコメントをもらったその刹那、ドアをノックする音が聞こえる。
「入っても良い?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、シアンの声。
「どうぞ」
ガチャリとドアノブを捻る音が響き、中にパジャマ姿の少年が入ってくる。
「あのさ……コハクさん」
突如、現れたシアンは、いつも以上に真剣な眼差しを、こちらに向けていた。
「えーと、何かな……」
「僕も一緒に旅がしたい!」
食い気味に彼が放った台詞は衝撃的な物だった。
少年漫画を読んでいると、しばしば「俺も仲間に入れてくれ!」という言葉を耳にするが、シアンの場合、情熱より子供らしさが勝り、非常に可愛らしい。
「僕は芸術の神であるミネヴァ様の
「あのね……シアン君」
ショルダーバッグをテーブルの上に置き、シアンの前に立つ。そして、膝立ちになり、ブルーの瞳と目線を合わせる。
「私が旅をしている理由はシアン君が思っているよりずっと複雑なの。たがら、きっと、私に付いてきても貴方が得られるものは少ない……」
「それでも――!」
何とか彼を説得する為に言葉を紡いだが、効果は皆無だった。ならば、かくなる上は……。
「良く聞いてシアン君。貴方の才能は凄い。本当に凄い。他の人には無い才能を貴方は持っている。けれどね、どんな才能もしっかり磨かなければ、いくら育てても本当の意味で輝く事は無いの。まるで、しっかりとした土壌で芽吹くことが出来なかった花が、やがて枯れてしまうようにね」
「要するに?」
「私に付いてくるんじゃなくて、貴方はこれからフランドレアで沢山経験して、それから旅に出て欲しいの。そして、いつか再会出来たら成長したシアン君の姿を見せて欲しいな」
彼を安心させるべく、シャナの笑顔を真似る。シアンの表情は少し泣きそうになっていたが、いつの間にやら、いつもの少し生意気な表情に戻っていた。
「分かった……。任せて、いつかコハクさんをギャフンと言わせてやるから!」
「そうこなくっちゃ。期待しているからね。天才画伯様」
シアンと笑い合っていると一階から「シアン。もう寝なさい!」というシャナからの叱責が響く。
「僕は寝るね。急に無理な頼みをしてしまって、ごめんなさい」
「別に良いよ。こっちこそ期待に添えなくてごめんね。じゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
シアンが立ち去ると、客室に静けさが戻る。ベッドの方へ戻り、そのまま、掛け布団の上に座ると、開け放たれた窓から心地よい風が吹き込んできた。
――フランドレアに滞在するのもあと一日か……。
短かったような。長かったような。
次なる目的地へ期待が膨らむような。
それでも少し寂しいような。
そんな複雑な気分だ。
太ももの上にアルシエラがヒョコンと乗る。
「それっぽい事を言って、上手くあの子供を説得したな」
「アルシエラ様が放った、その一言のせいで雰囲気が台無しなんですけど」
膝の上で猫のように丸くなったアルシエラは呑気に欠伸をした。
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