38 君が目覚めて良かった

 目を覚まし、体を起すと激しい頭痛に襲われた。

 長く眠っていたせいであろうか。


 私が眠っていたのは床だった。

 しかも、見知らぬ空き家の一室。

 足下を見ると、木製の床が何やら怪しげな文字で埋め尽くされている。

 円形の魔方陣らしき物もある。


「なにこれ。悪魔召喚の儀?」


 恐怖のあまり、悲鳴を挙げそうになると、後ろから何者かにバックハグをされた。長身なのに痩せ細っている体。

 間違いなくアルシエラであろう。


「アルシエラ様……?」

「生きていて良かった……本当に良かった……」


 耳元から聞こえてきた声は、誰よりも優しくて、儚げで、なにより心地よかった。


「君が客船で眠ってから目覚めなくなって……それでオレは……」

「この空き家まで私を連れて来たと?」

「その通りだ」

「他の人達は?」

「さっきまで、客船やログレシア中のあちらこちらで、眠ったまま起きない人々がいたが、皆目を覚ましたよ」

「良かった……」


 ほっこりとした気持ちで立ち上がろうとすると、急にガラスが破壊される音が響く。

 警備用石像が窓を突き破ったのだ。


 空き家に侵入してきた警備用石像はそのまま、私達の前に降り立った。


『モーガンから伝言だヨ』


 どうやら、この石像、警備だけではなく言づてもできるらしい。

 

「貴方、見た目のわりに有能だね」


『だまれぇ、ニンゲン』


 声を荒げた石像に足蹴りをされそうになったので、慌てて回避する。

 小型とはいえ、石の塊から蹴りなど食らってしまっては、たんこぶどころではすまない。


『コハク、貴様は今からシデンと共に夢の木へ向かえ。夢の木にてルシルドの目撃情報アリ』

「モーガンさんは行かないの?」

『議長は生徒共の混乱を鎮めるのに忙しい』


 あーあ、そういうことか。

 シデンが夢の世界を破壊し、今まで眠っていた生徒達が居なくなったのだ。そりゃあ、混乱ぐらい起きるだろう。


「分かりました。今から向かいます」

『よろシィ』


 石像は満足そうに頷くと、窓から飛び去った。


『それと、イチャイチャしてんじゃねーぞ。ゴルァ』


 去り際に吐いた石像の台詞により、まだアルシエラの腕の中に居ることを思い出す。


「イチャイチャなんかしてないからね!」



*


 夢の木へ再び戻ると、そこにはシデンが居た。

 どうやら、先に到着していたらしい。


「シデンさん!」


 着物の女性に駆け寄ると、シデンは深いため息をついた。


「残念ながら、あの男はもうここに居ないよ」

「そうですか。ルシルドはどうして、夢の木に近づいたのでしょうか?」

「木の実がいくつか持ち去られている。恐らくレイ博士の遺産を持ち去ったのだろう。人々を眠らせた目的も、安全に遺産を奪う為だろうな」

「そんな……」


 あの男にレイ博士の遺産――すなわち、兵器に関する知識が渡ってしまった。これは最悪の事態だ。


「とにかく。今は一旦、モーガンの元へ戻ろう」

「そうですね。シデンさん」



*



「なるほど……やはり、ログレシア魔法学校首席の中でもトップレベルの実力を持つ男。逃げ足が早いですね。まるで虫のようです」


 ルシルドがレイ博士の遺産を奪い去ったことを伝えるべく、シデンと共に再びモーガンの自宅へ戻った。そこで待っていたのは、疲労の為か、すっかり脱力してしまったモーガンだった。


「私の方でも、警備用石像を使って再びあの男を捜索しましたが、手掛かりは掴めませんでした」


 モーガンが目を伏せると、道中で買ってきた中でマドレーヌを咥えたシデンが話し始めた。


「もう、ログレシアから逃げ出しちまったかもな」


 テーブルの上で、同じくマドレーヌを食べているアルシエラも口を開く。


「オレも同感だ。少なくとも、この島の中で対神兵器の気配は無い」

「ちょっと、待って下さい」

「コハク、どうかしたか?」

「対神兵器の気配が分かるなら、客船内にルシルドがいることも分かったのでは?」

「だから、客船内で『少し気になること』があると言っただろう?」


 そういう大切なことは、もっと早く説明するべきなんだよ。

 何とも言えない気持ちになり、言葉を詰まらせていると、モーガンのお腹がぐぅーと鳴った。

 モーガンが恥ずかしそうに目をそらす。


「なっなんでもありません」

「お腹空いたんですね?」

「ちっ違いますから」


 もう。素直じゃ無いな。


「それなら、私がディナーを作りますよ」

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る