10 絵画だって、たまには外出したいさ
「すみません。今、人探しをしていて――この男の子を見ませんでしたか?」
アラビアン・ナイトに出てきそうなランプを売っている行商人に、写真を見せる。
これは、シアンを探すために、グイドレーニー家のリビングにあった写真をコピーした物だ。
コピーと言っても、この世界に印刷機は無いので、魔法で複製しただけだが……。
「あー、その子ならレストランの裏道を通って行ったぞ。呪われた絵画の作者だろう?」
呪われた絵画――そういえば、ミートパイを売っていたマダムも同じ事について話していたっけ?
「あのー、呪われた絵画って……都市伝説か何かですか?」
「『としでんせつ』が何かは分からんが……『呪われた絵画』はフランドレアに流れる噂だよ」
行商人は、子供に怪談を聞かせる時のように声を低くする。
「ミネヴァ美術館に飾られている絵画の中に、白いドレスを着た少女の絵があってね……その少女が時々、絵から飛び出して街を徘徊しているという噂だよ」
学校の七不思議でありそうな噂だ。
とはいえ、学校の七不思議に登場するのは、大抵の場合、夜中に目が動くことに定評がある某音楽家の絵だが。
「そういった系統の噂はよく耳にしますね」
「外から来た人は大抵そう言うよ。されども、ただの噂と侮るなかれ。本当に絵画の女の子と瓜二つの人物を見たという目撃情報が後を絶たないんだ。聞くところによると、絵画の少女を見かけて話しかけようとすると、少女はサッと姿を消しちまうらしい」
目撃情報ねぇ……。
噂というものは、数々の情報が折り重なり、形を成したものだ。
そして、情報の中には嘘も多い。
とはいえ、ここは一応噂は本当だという体で話を進めるべきだろう。
「へぇー、目撃情報まであるんですか……ちなみに、シアン君の絵が美術館に飾られているのはどうしてですか?」
「それは、あの子が選ばれたからだよ」
「誰にですか?」
「フランドレアの守護神霊であらせられる芸術神ミネヴァ様に決まっているだろう。この都市では十年に一度、金色の蝶が町中を飛び回るんだ。そして、蝶は最後に街の中にある美術品の中から一つを選び、羽を休める」
「その蝶々は――いわゆる眷属か何かですか?」
「そうだと言われている。言われているだけで、真実は分からんが。ともかく、金色の蝶が止まった美術品の製作者は
「なるほど。要はシアン君が描いた絵にも、金色の蝶が止まったのですね?」
「そうだよ。例の呪われた絵に蝶が止まったんだ」
全ての情報が繋がった。
シアン君に魔法が使えたのは、ミネヴァ様に選ばれ、
そして、まだ少年であるシアンの絵が美術館に飾られているのは、シアンが選ばれた存在だから。
「ところで、嬢ちゃんは旅人だよね?」
「そうですよ」
「なら、嬢ちゃんにオススメの壺があるんだ」
旅人にオススメな壺って何だよ。
*
その後、街ゆく人々に聞き込みをしながら、シアンが通っていたであろうルートを辿ってゆくと、やがて港らしき場所に着いた。
左手には貿易商会。
右手には空飛ぶ貿易船を迎える人々が、並んでいる。
道行く人々の声に混ざって、カモメの声も聞こえるが、空飛ぶ貿易船にぶつかってしまわないのだろうか?
高台から「あの船、大きいねぇ」という声が聞こえ、反射的に声がした方向を見ると、そこには――。
「シアン君!」
小さな女の子を引き連れた父親と、茶髪の男の子が船を眺めていた。
こちらの声に気づいたシアンが、くるりと振り返る。
「コハクさん。ここまで探しに来てくれたの?」
「あったり前でしょ。もぅ……とにかく無事で良かった。この事についてお母さんには伝えないから、早く帰って、ご飯を食べよう」
シアンは「分かった」と小さく呟くと、思い足取りで高台から降りてきた。
てっきり、説得に長い時間を要すると思っていたので、この結果は予想外である。
「随分とあっちこっち歩き回っていたみたいだけど……何かあったの?」
ブルーの瞳は一瞬何かを訴えかけるようにこちらを見たが、すぐさま目線を逸らした。
「大丈夫。私は何も言わないから」
シアンは、私の隣で足を止め再び呟いた。
「人を探していたんだ」
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