11 僕が選ばれた日
「それで、誰を探していたの?」
テーブルの向かい側で、ブフ・ブルギニョンを頬張るシアンに問いかける。
ブルーの瞳は戸惑うように、揺れていた。
――それもそうか、出会ってまだ二日の人間に悩みを打ち明けられる訳ないよな。
無事発見できたシアンを自宅へ連れて行くと、不幸中の幸いかまだシャナさんは帰ってきていなかった。
これでシアンが勝手に家から出て行ってしまっていた事はバレないし、私としても、二人きりの方が話しやすい。
「そんなに心配しなくとも、私はここで聞いた事は誰にも話さないし……どうせ、この街にも長く滞在しないから……」
うぅ。どうしよう。
相談に乗ろうとしたまではいいものの、だんだん気まづい雰囲気になってきた……。
長く口ごもっていたシアンが、やっと言葉を発する。
てっきり、呆れ半分に「どうして出会ったばっかりの人に話さなきゃいけないの?」などと言われるのではないかと、予想していたが、彼から発せられた声は、どこまでも落ち着いており、どことなく悲しげだった。
「『絵画の少女』を探していたんだ」
「絵画の少女って……呪われた絵の?」
シアンが首を縦に振る。
「そうだよ」
「それじゃあ、あの噂は本当なの? 呪われた絵には本当に魔法か呪いがかかっているの?」
「噂の内容が正しいかと問われれば――答えはノーだ。絵に呪いはかかっていない」
「ならどうして……?」
「あの絵にはモデルがいるんだ」
シアンは伏せていた目を上げると、ゆっくりと語り始めた。
*
僕がまだ幼かった頃。
まだ、この家に僕は居なかった。
実はね、母さん――シャナさんは僕の義母で、血のつながりは無いんだ。以前の僕はフランチェスコという画家の元で下働きとして暮らしていた。
フランチェスコが言うには、赤子だった僕は彼のアトリエの前に捨てられていたらしい。
赤子を見つけたフランチェスコは、すぐさま僕を孤児院に預けようとしたみたい。
でも、何の巡り合わせか、丁度その日、フランドレアに金色の蝶が徘徊してたらしい。そして、僕の額に金色の蝶が止まったそうだよ。
これを運命の巡り合わせだと考えたあの男は、しかたなーく僕を引き取ることにしたってさ。
フランチェスコに子供一人を引き取れる資金的余裕があったのか?
もちろん、あったよ。
アイツはよく分からない骨董品を大量に収集出来るほどには、金銭的に潤っていたからね。
彼には感謝している。
アトリエの中では召使い同然の扱いを受けていたけど、その代わり、衣食住はみてくれたし――何より、アトリエには高級品である絵の具がそこら辺に散らばっていたからね。
昔から絵描きを目指していた僕には、まさに天国のような場所だった。
そんな、大して幸せでも不幸でもない日々を送っていた最中。アトリエにベアトリーチェという女の子が来た。
ブロンドにピンクの瞳が可愛い女の子でね。
年は僕と同じぐらい。
娼婦である母親の負担を少しでも減らすために、フランチェスコから依頼された絵画モデルとしての仕事を受け入れたそうだ。
君はこの辺りの文化に詳しく無いみたいだから補足すると、こっちの地方だと、絵画モデルは針子同様卑しい仕事だと考えられているんだ。
何でだろうね?
さて、話を戻そう。
一輪の花をアトリエにむかい入れてから、いつも不機嫌だったフランチェスコの機嫌はすごぶるよくなった。
あぁ、機嫌がよすぎる余り彼女に暴力を振るうほどにね。
どうしてモデルの女の子にそんなことをするのかって?
言っただろう。絵画モデルは卑しい仕事だって。
誰も止めやしない。
その上、フランチェスコは呆れるほどの金持ちでね。
多額の報酬を払って彼女を従わせていたんだ。
無論、僕はこの事実を許せなかった。
彼女を救いたかった僕は、以前から少しずつ、くすねていた絵の具を売り払って、大金を手に入れた。
そして、その金をベアトリーチェに渡して逃げるように言おうとしたんだ。言おうとした……そう、残念ながら、結局僕は彼女を救えなかった。
ある夜。
行商人のフリをして絵の具を売り払い、大金を持ってアトリエに帰った僕の耳に響いたのはフランチェスコの悲鳴だった。
何となく不吉な予感がした僕が、アトリエに飛び込むと待っていたのは、床に倒れ込むフランチェスコと真っ赤に染まったのパレットナイフを手にしたベアトリーチェ。
結局、僕の元に訪れたのは彼女を救えたという達成感ではなく、だからといって街を守っている兵士でもなく――ルシルドという
貼り付けたようなその笑みを浮かべたその男は、事情聴取も、現場調査もせず、ただベアトリーチェを連行していった。
*
「あの男の正体は分からない。ベアトリーチェの安否もね。だからといって、相手はあの
「あのー、水を差すようで悪いけど。
「本当に秘境に住んでいる人は、自分の故郷を秘境と呼ばない気がするけどね。
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