間章 忘却世界キョウト【レイ視点】

40 神崎レイ

「お前はクズだ」


 誰かが俺を、そう罵った。


「いつも一人で可哀想」


 誰かが俺を、そう哀れんだ。


「貴方は、まるで救いようの無い人間だ」

 

 誰かが俺を、そう蔑んだ。




「レイさん……ですよ?」



 でも君だけがそう言ってくれた。



*


 神崎かんざきレイはクズだ。

 これは自他ともに認める紛れもない事実。

 そうレイ自身――俺自身さえ認めるクズ。


 幼い頃から自分は天才だと思っていた。

 もちろん、これは単なる自惚れではなく、結果が伴った物だ。


 小学生の頃から誰よりも成績が良かった。

 大学を卒業し、海外の一流企業へ就職するまでずっと。


 小学生の頃から誰よりも心が歪んでいた。

 目に映るものが全て自分より劣っているように見えて、何を見ても感動することがなかった。


 もし誰かが困っていて、解決策を知っていたとしても、俺は何もしない。

 単純に他人を助ける事に興味が無かった上に、確実に成功する保証が無いことは実行しない。それが俺の主義だった。



 だから、あの日。

 五十年前に、火災事故が起きた研究所で真っ黒な怪物に襲われて――死を覚悟したあの日も、恐怖心は何一つ湧かなかった。


 だって、この世界から『クズ』が一人減るだけなのだから。




*



 誰かが俺の頬を、指で突っついている。

 小さな指。女性の物だ。


「起きないですねぇ」


 声からして女性は十代ぐらいだと思われる。まるで委員長の様な、力強い口調だが、声自体は幼く可愛らしかった。


 ゆっくり目を覚ますと、倒れている俺を、高校生ぐらいに見える女の子が覗き込んでくる。


 長い黒髪。陶器のごとき白い肌。

 一見すれば、どこにでもいる可愛らしい女の子だが――唯一、服装だけは奇妙であった。


 白銀の布で作られた漢服。

 袖やスカートにあたる部分へゆくにつれ、生地は青色に変化する。そして、原理は不明だが、光が反射した部分は、虹色の光を放っていた。



――なんだ、この服は。少なくとも現代の技術では、再現不可能なシロモノだ。


「君は……」


 彼女の顔をマジマジと見る。


「おはよう、人間さん。ワタシはどこにでもいる普通の神様ですよー」


 この顔……どこかで……。


 目覚める前の記憶を探る。

 すると、一つの名が口から零れた。


「君は、もしかして、桃花琥珀か?」


 桃花琥珀。それは五十年前に、研究所での火災事故で亡くなった少女の名前だ。

 火災事故の現場を調べる為、事故に関する資料を、漁っていた俺は、犠牲者の写真欄に彼女の物があることを覚えていた。


 しかし、こちらの期待とは裏腹に、彼女は眉を八の字に変えてから首をかしげる。


「それ……誰ですか?」


「すまない。他人の空似だった。君の名はなんだ? どうして俺は、ここにいる?」


 周囲を見渡す。

 まず視界に映ったのは、インド風のカーペット。そして、更に視野を広げれば、和風の屏風から、モザイク画の壁紙。

 まるで統一性の無いインテリアの部屋であった。


「えーと、まずワタシの名前はアルシエラです。そして、ここはワタシが作り出した人工的な空間です」


 『人工的な空間』というパワーワードが飛び出した気がするが、今は触れないでおこう。


「ほう。もう既に色々とツッコミたいが、今は何も触れないでおこう。ならば、どうして俺は君が作った空間内に俺がいる?」


「あぁ、それはですね……貴方は一度死んだからですよー」


「何を言っている?」


「だから、貴方を生き……」


「それは分かった。要は瀕死だった俺を、君が助けたということか?」


「違いますよ。お亡くなりになった後に蘇生させました」


「RPGかよ。ともかく……死んだ人間は生きかえらないぞ。それが脳死でも、肉体的な死でも」


「それは神様パワーで解決です」


 何から何まで話が噛み合わない女だ。

 それでも、現在俺に、情報を提供してくれる存在は彼女しかいない。

 幸い話が通じない訳ではないので、情報を引き出すこと自体は可能だ。


「そうか。それは、ありがとう。ならば、どうして俺を助けた?」


「理由はただの人助けですよ。いわばボランティアです。慈善活動というヤツです」


 慈善活動で蘇生とは……?


「あー、でも対価はいただきますよ」


「いや、対価を求めるなら、それはボランティアではないぞ。それに、神様のくせに、対価を求めるなんて、まるで悪魔だな」


「当たり前でしょう。水を飲めば、喉が潤う代わりに、水が減る。お菓子を食べれば、幸せになる代わりに太る。利益に対価が伴うのは自然の摂理ですよ。そして、自然の摂理を象徴する存在こそが神です」


「そうか。理屈はよく分からないが……要は何か渡せばいいのか。まさか、心臓とか奪ったりしないよな?」


「そんなグロい物、要らないですよ」


 思っていたよりストレートに断られた。

 アルシエラを名乗る少女は、立ち上がり、腕を組みながらこちらを見下ろす。


「こちらの要求は単純、ワタシと共に人間の世界を冒険して欲しい……それだけですよ?」




 

 



 

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目覚めたら神様の眷属にされていました〜貰った万能魔力を使って自由気ままに異世界旅行 白鳥ましろ @sugarann

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