14 星に願いなど叶えられるものか

「死ぬかと思ったぁー」


 そばにあった手すりを掴むと、ヒンヤリとした感覚が手に伝わった。そのまま、手すりの間に顔を突っ込むと、フランドレアの夜景が視界に広がる。


 針山のように、幾重にも連なった建物の隙間は、いくつもの光が埋めつくしている。

 満月が街全体を照らし、幻想的な雰囲気を一層引き立てていた。


 そして、なぜ、現在私が絶景を見下ろすことができているのか?


 理由は単純。フランドレアで一番高い建物の上にいるからである。


「死ぬ危険があることをオレがやるものか」

「違います。本当に死ぬかどうかじゃなくて……これは、例えなの!」

「ほーう」


 アルシエラから返ってきた言葉は、興味が無いと言わんばかりに淡々としていた。


「だって、時計台の上まで歩いてきたんだよ。落ちたら死ぬ高さだよ!」


「人気が無い場所が良いと言ったのはコハクだ。それに、君はは高所恐怖症では無いだろう」


 そういう問題では無い。

 

 空中ウォーキングの末、辿り着いた場所は、よりにもよって時計台の頂上だった。

 とはいっても、本当のテッベンである屋根の上ではなく、鐘楼部分である。


 フランドレアで一番高い建物である時計台の頂上には、天体観測に使われていると思われる部屋と、鐘が納められたスペースがあった。


 持ち主不明のホロスコープや望遠鏡がある辺り、明らかに誰かの所有地であるはずだが、本当にここに居ても大丈夫なのだろうか?


「コハク」


 アルシエラに呼ばれ、顔を上げる。



 すると、夜空一面を彩る星々の中に、一条の光が走った。


 流れ星だ。


 一秒も経たない内に消え去った光。

 されども、それは美しい、力強い、不思議な力を持っている。


「初めて見た。流れ星」

「そうか」

「思っていたよりずっと……綺麗ですね」


 アルシエラは困ったように眉を八の字にした。


「オレは……もう見飽きたよ」

「長生きしているから?」

「そうだな」


 そういえば、アルシエラは何歳なのだろう?


 神様なのだから、私が思っているよりずっと長生きなのだろうか?


「流れ星に願い事をすれば叶うって聞いた事があるけど、アルシエラ様にも願い事はあるの?」


「オレの願い事は星ごきには叶えられないよ」


「へぇー、彼女が欲しいとか?」


「どうしてそうなる?」


「だってほらモテなさそうじゃん」


「オレだって、泣く時は泣くぞ?」


 ずっと背後に居たアルシエラが、私の隣に立ち空を見上げる。

 そして、彼の美しい銀髪が夜風に当たり、かすかになびいた。


「彼女と呼ぶべきものでは無いが……かつてオレには、他には変えられない大切な物があった」


「今はどうなの?」


 アルシエラはゆっくりと首を横に振る。


「もう。帰って来ないさ」


 ふと、シアンから聞かされた『四柱の神に関する物語』を思い出す。

 きっと、アルシエラは長く生きている分、多くの物を手に入れ、そして失ってきたのだろう。


 揺らめく銀髪の間から、朱色の耳飾りが姿を見せる。

 朱色の紐で出来たそれは、花形の紐の下に滴型の宝石がついていた。


「アルシエラ様が耳につけているピアスみたいなヤツ、すっごく綺麗ですね!」


 アルシエラは慣れた手つきでピアスを外す。


「これか?」

「そうです」


 「受け取れ」と言わんばかりに、耳飾りを差し出されたので、手に取ってみる。

 飾りの上部分に作られた『花』は、紐を結んで作っただけの物にも関わらず、花弁一枚一枚が精巧に作られている。先端の宝石も丁寧に加工されていた。


 見た目は間違い無く一級品だ。

 しかし、どうしてだろう。この髪飾りからは何故か哀愁のような物を感じる。


「欲しいか?」


 再び口を開いた裁定神から飛び出しだ衝撃の一言に、思わず体が跳ねそうになる。


「いえいえ。綺麗だとは思いますけど……貰うわけにはいかないです!」


 そのまま、押しつけるように耳飾りを返す。

 気のせいであろうか。アルシエラの表情が一瞬悲しげになった。


「コハクにも願いはあるのか?」

「私の願いか……」


 急に言われてもなぁ……。

 あれこれ考えてもラチが明かないので、ぱっと脳裏に浮かんだ言葉を口にする。


「私の願いは『変わりたい』かな?」

「それは……」


 アルシエラが何かを言おうとした、その刹那。

 時計台の下。フランドレアの中でも、とりわけ賑わっている繁華街に怪しい人影が見える。


 一人では無い。十人――いや、三十人はいる。

 そして、彼らは皆等しく、黒、黒、黒、黒い服を纏っている。

 聖槍ユースティティアだ。


「どうして、あんなに大勢いるの?」


 嫌な予感がする。


「ヤツらの先頭に、小柄な女の子がいるだろう?」


 アルシエラは、そう言いながら漆黒の集団を指さしたが、残念ながら私の視力では全員同じ黒衣の人影に見える。


「あの女、シアンが描いていた絵画の少女と似ている」


 つまり、聖槍ユースティティアの中にベアトリーチェがいるということか?



 というか、この人、視力高すぎるでしょ。




 


 

 





 

 


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