2 契約解消を求めます!

 テーブルの上に白色のスープが注がれたお椀が置かれる。

 クリームの中には、苺、ブルーベリー、そして黄色の果実が入っていた。


 「腹は空いていないか?」そう言いながらアルシエラが棚から取り出したのは、木製のお椀に入った珍妙なスープだった。

 戸棚を漁っていた理由は、これを私に提供する為だったらしい。


「この黄色いヤツ何ですか?」

「マンドラゴラの欠片だ」


 マンドラゴラ……まさか、引っこ抜くと、甲高い悲鳴をあげて、人間を気絶させるという。


「マンドラゴラって……食べれるの?」


 アルシエラがは棚から取り出したスプーンを置きながら答える。


「食べれるに決まっている。食べられなければ、魔法薬にも使えまい」


 いや、魔法薬の知識とか無いんですけど。

 

 毒の有無に関わらず、多くの文献では、マンドラゴラ――別名、マンドレイクは根っこが人型である植物として記録が残っている。


 要するに、見た目がちょっと気持ち悪い。


 食欲は湧かないが、こうかれば仕方あるまい。一か八か食してみるのみ!


 恐る恐るマンドラゴラの欠片を口にすると、柑橘類に近い酸味が広がった。そして、真っ白なスープは病み上がりの胃にも優しいサッパリとした味わいだ。

 こちらは、ヨーグルトの風味に近い。


「味はどうだ?」

「美味しいです」


 味の感想を求める彼の表情を見てみたが、先ほどの剣幕は嘘のように消え失せていた。


 二口目を食べるべく、スプーンへ手を伸ばすと、再びアルシエラが口を開く。


「さて、本題に入ろうか」


 彼の口角が少し上がる。


「オレは君の命を救った。なら、君は何を対価として払う?」


 対価――その言葉が、重く、重く、胸にのしかかる。


「対価ですか?」

「そうだ」


 この神は、助けた礼として何かを差し出せと言う。まるで、押し売りだ。


「もし、クーリングオフと言ったら?」

「オレは今すぐ君を八つ裂きにする」

「ですよねぇー」


 なんと、血も涙も無い神様だ。

 しかし、まあ、よくよく考えれば当然か。


 契約を解消するクーリングオフということは、私を治療したという事実を消すことになるのだから。


「逆にアルシエラ様は、何が欲しいのですか?」


 アルシエラは少し驚いた様に目を見開いたが、すぐにいつも通りの冷静な表情に戻った。


「そうだな。オレはコハクを眷属にしたい」


 眷属――というのは、確か同族や従者を指す言葉だ。


 私は神の親族になった覚えなど一切無い。


 つまりこの男が言う眷属とは、後者か。



「冗談じゃないです!」



 アルシエラが首を傾げる。



「嫌か?」

「当たり前じゃないですか。福利厚生とか、そこら辺が心配ですし」

「待て。この状況で、心配するべき点はそこではないだろう?」


 はて、困った。

 このままでは、出会って初日の神様に眷属にされてしまう。

 ならば、他の方法で対価を払うしかない。


「アルシエラ様は……代わりにやって欲しい事とかありますか?」


「それは、お使いをしてくれるということでいいのかな?」


 こちらが頷くと、アルシエラは愉快そうに笑った。そして、自身の体へ手を伸ばした。


 彼が自身の胸骨に触れると、その手に黄金色の光が収束する。


 光はやがて球体となり、実体化した。


 その手に乗るのは、ゴムボールのような見た目をしただった。


 でも、ゴムボールでは無い。


 の表面は、規則的に収縮している。まるで、脈打っているかのように。


「それは何ですか?」


「『因子』という物だ。簡単に説明すると、神々にとって、心臓や魂と呼ぶべき物だ。我々は人間に因子を分け与えることで、力を貸すことができる」


 つまり、彼は魂や心臓の一部を、日頃から人間に分け与えているということか……。

 なんか……ちょっとグロい。


「そして、オレが持つ因子だが……実は、エレシュリという女神に奪われている。コハク、君には、その奪われた因子を取り返して欲しい」


「言いたいことは、大体分かりました。要は、別の神様に奪われた貴方の魂を、回収させたいのですね?」


「そうだ。それだけだ」


「なーにが、ですか!」


 どう考えても、そんな「今、隣のスーパーでお惣菜が安いから、買ってきてくれない?」みたいなテンションで頼む用事では無い。


「待て。オレは無理強いをするつもりは無いし、君を苦しめるつもりも無い。エレシュリと対峙するための力は貸してやる。旅路に必要な金銭や備品は好きなだけやる。道中では、好きな物を見て、好きな物を食べて、君が、望むがままに過ごせばいい。勿論、リタイアしたくなれば、いつでもするがいい」


 自身の因子を半分に割る神様は、そう呟きながら、ニタリと笑った。


「もし、リタイアしたら?」

「大人しく眷属になってもらう」

「そんな気がしていました」


 こうなれば、仕方あるまい。

 

 現在、私はアルシエラに助けられたことにより、送れる筈もなかった第二の人生を、歩んでいるのだ。

 ならば、相応の対価を支払うべきだろう。


 覚悟を決めた私は、しぶしぶ、アルシエラが差し出す因子へと手を伸ばした。


 



 数ある作品の中から今作を選んで下さりありがとうございます!


 もし「続きが読みたい」「アルシエラから渡されたスープの味が気になる」などと思いましたら、★、♡、コメント等で反応を頂いただければ、励みになります。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る