第39話 秀頼 紀州熊野に現る 改訂版
※この小説は「続 政宗VS家康 秀頼公諸国巡見記」の改訂版です。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、新しいページで再開した次第です。文言や表現を一部修正しております。もう一度読み直していただければと思います。
空想時代小説
姫路から加代が同行することになり、義慶はウキウキしていた。しかし、大坂は目の前である。これで旅は終わりかと思うとさびしさもあった。ところが、灘の港に来て、大助が
「殿、紀州へ行きませぬか。拙者の育ったところを見ていただきたいのですが・・」
「そうだな。このまま大坂に入ってもつまらんしな。奈良にも行ってみたい」
ということで、江戸に行く商船に乗り、那智勝浦に行くことになった。義慶は旅が続けられることで自然と笑みがでた。
那智の港に着いたのは夕刻だったので、その日は那智の大滝を見ることをあきらめ、熊野那智大社の宿坊に泊まった。
翌日、朝早く起きて滝に行こうとすると、途中の青岸渡寺の三重の塔が黄金色に輝いている。その後ろに那智の大滝が見える。なんとも荘厳な景色だ。秀頼はしばし足を止め、見入ってしまった。そして自然と手を合わせた。しばらくすると、三重の塔は本来の朱色にもどっていった。
「殿、なんとも見事なながめでございましたな」
「うむ、陽が上がる少しの間だけ見られる景色なのだな。いい物を見た」
そこに義慶が口をはさむ。
「お天道さまと、仏さまと神さまが一緒になって、殿の行く末を祝っているのではないでしょうか」
すると大助が
「珍しくいいことを言うではないか」
と義慶をほめたたえている。二人のやりとりをにこやかに見ていた秀頼が
「われだけではない。これからの日の本の行く末を祝ってくれているのだ」
との言葉に皆がうなずいていた。
那智の大滝の近くまで行くと、水しぶきだけでなく、滝の轟音がすごい。まるでお坊さんが座禅の時に撃つ警策で叩かれているみたいだ。秀頼らは心を新たにするのであった。
そこからは高野山に向かう。熊野古道と言われる山道をひたすら登る。いつもなら義慶が泣き言を言うところだが、加代が黙々と歩いているので、歯をくいしばって歩いている。秀頼と大助は加代効果だと笑みを浮かべている。
4日で熊野本宮神社に着いた。やっと宿坊で泊まることができた。ずっと山道で山小屋や百姓家の馬小屋に泊まったりしていたので、臭いがひどい。湯屋には入れなかったが、水浴びをすることができ、すっきりした。加代の水浴びの時に、義慶がのぞこうとしたので、大助に小突かれていた。生臭坊主と、ののしられている。
ここからはまた山道が始まる。ただ、他にも巡礼者がいて、声を掛け合ったりできる。宿の情報もそれで得られるのは心強かった。
5日で高野山に着いた。奥宮は聖地であり、今でも上人が生きていると言われ、毎朝食事を運ぶ僧侶たちがいる。信仰の力は大きい。秀頼らが目を見張ったのは、武将の墓が立ち並んでいることである。信長公・信玄公の墓がある。謙信公の墓は廟が建てられている。謙信公は熱心な信者だったということだ。なぜか秀吉公の墓まであった。秀頼は自分が知らないうちに父秀吉の墓が建てられたことに、いささか憤りを感じた。おそらく家臣のだれかが建てたのだろうが、一言断りがあって然るべきと思った。が、7年も諸国を見聞しているから、連絡は厳しい。無理な話かと思い直した。
高野山には宿坊が多く、宿には困らなかった。湯屋にも入ることができた。しばらくぶりにのんびりできた。3日間そこで体を休め、次は大助が過ごした九度山をめざした。ここからは下りの山道になるので、比較的楽に歩ける。1日で九度山に着いた。
大助が
「ここが、真田家が住んでいた庵です」
と寺の離れを指さした。家来は別に住んでいたということだが、真田家は多い時で8人もいた大家族なので、あまりにも狭い家であった。そこに
「どなたかな?」
と声をかけてきた老人がいた。その顔を見て大助が
「じいではないか!」
「その声はもしかして大助坊ちゃまですか?」
「そうだ、大助だ。10年ぶりかな。じいは変わらんな」
「70になりもうした。して、この方は?」
「この方は秀頼公である。武家監察取締役をなさっている」
「もしかして、秀吉公のご嫡男?」
「そうだ。豊臣の名は朝廷に返上し、今は木下と名乗っている」
「それはそれは、天下をおさめる方がここまで来られるとは思いもかけないことです」
ということで、その日はじいと呼ばれる五兵衛の家に泊まることになった。
「じい、九度山はどうじゃ?」
「九度山ですか、今は何もありませぬ。ただ、真田家が出ていった時は、代官にずいぶん責められました」
「その節は申しわけぬ。迷惑をかけた」
「いえ、そんなことはありませぬ。村人皆で真田家を見逃すと決めていたのです。それに大坂の陣の後、信繁公からは詫びの手紙と米が届きました。それで充分でござる」
「父はちゃんと詫びをしたのだな。拙者からも改めて詫びを申す」
「もういいのです。領主の浅野家も大坂の陣の後、本領安堵ということで紀州に残りましたから、それからはいやがらせもなくなりました」
「そうであったか。ところで、じいに頼みがあるのだが・・」
「どんなことでしょうか?」
「祖父、昌幸の墓地を整備したいのじゃ。今の木塔ではなく、石塔を建てたい。これは父信繁の願いでもある」
「それでは住職とも相談してみましょう」
「うむ、よろしく頼む。手付金はすぐにでも払う」
「出来上がるまで、ここにいらっしゃいますか?」
「いや、これから奈良に行かねばならぬ。出来上がったら信州の父に連絡してくれ」
「奈良に行かれるか。奈良は今荒れていると聞きます。特に山城である高取城には浪人どもがたむろしているとのこと。お気をつけくだされ」
「そうか、まだそういうところがあるのか。殿、次の目的地が決まりましたな」
との大助の言葉に、秀頼はうなずき、覚悟を決めたのである。
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