第23話 秀頼 黒田藩騒動に巻き込まれる 改訂版

※この小説は「続 政宗VS家康 秀頼公諸国巡見記」の改訂版です。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、新しいページで再開した次第です。文言や表現を一部修正しております。もう一度読み直していただければと思います。


 空想時代小説


 対馬からの船の中で、井上小弥太が秀頼に話しかけてきた。

「秀頼公、黒田藩は今大変でござる」

「ほー、それはどういうことであるか?」

「殿と嫡子忠之様の仲がよくないのです」

「よくある話だな」

「実は、殿は三男長興様に後を継がせようとしました」

「それはどうして?」

「忠之様の素行がよくないし、家臣に対して粗暴だからです」

「それだけではないだろう? 母親の違いではないか?」

「お見通しですな。忠之様はご正室のお子ですが、長興様は側室のお子です」

「よくある話じゃ」

「父大膳は長子相続が藩のためになると思い、殿に諫言しました。長興様はいい方ですが、藩内が二分することを避けたかったからです」

「理を通そうとしたのじゃな」

「そこで殿は父大膳を後見役とすることで、忠之様の相続を認めました。長興様には秋月藩5万石を任せるということで決着がついたのです」

「それで落ち着いたのではないか?」

「と思われますが、忠之様の素行がさっぱり直りません。父大膳は頭を悩ませています。殿が亡くなったら暴走を始めるのではないかと危惧しております」

「うむ、それではしばらく小倉にいて見守るとするか」


 小倉に着くと、海賊退治を果たしたということで大歓迎を受けた。これで黒田藩も海賊の脅威がなくなったのである。秀頼らは海賊を討ち果たした英雄ということで、宗像(むなかた)の地に屋敷を得ることになった。そこで、しばらく黒田藩の行く末を見守ることにしたのである。

 宗像の地に来て2日目、黒田長政が亡くなった。53才の壮烈な生涯であった。子どもの時は人質として秀吉の奥方北の政所に育てられ、成年になってからは秀吉軍の先鋒として各地の戦にでる。朝鮮出兵では重要な役割を果たしている。だが、性格は荒く、かの後藤又兵衛を放逐した上、諸藩に召し抱えを禁ずと書状をだしている。関ヶ原の戦では徳川方の先鋒として活躍しただけでなく、西軍の将を寝返らせる役も受け持っていた。小早川秀秋もその一人だった。北の政所のところで一緒だった幼なじみだったからだ。そして大坂の陣、後藤又兵衛と相対するわけだが、その際は江戸詰めで戦場には出ていない。幼い嫡子忠之を派遣している。

 葬儀は黒田忠之が喪主となった。まだ18才の青年武将である。秀頼らが近くにいても挨拶もせずに、凛として立っている。物言いも大げさで声がでかい。まるで自分が日の本の最高権威者であるかのような高飛車な姿勢がありありだった。大助らはその態度にいらだちをもっていた。葬儀は無事終わった。が、とうとう忠之からの秀頼への挨拶はなかった。その代わり、井上大膳が恐縮して頭を下げてきた。

 初七日が過ぎ、秀頼らが宗像の地を去ろうとした時、井上小弥太が早馬でやってきた。

「秀頼公、お助けください。父大膳が殿に斬られてしまいます」

「なぜじゃ?」

「父大膳の諫言が気に食わぬというのです。後見人としてあたり前のことを言ったまでですが・・」

「そうか、ではすぐに参ろう」

 秀頼は、春馬が操る馬に相乗りして小倉に向かった。馬が苦手な秀頼にとっては、それが一番早いのであるが、体格のいい秀頼が後ろに乗るのでは馬がかわいそうだった。

 井上小弥太と秀頼が小倉城に着くと、父大膳は座敷牢に入れられていた。そこで秀頼は武家監察取締役の鑑札を表にだし、忠之との面談を求めた。一刻(2時間ほど)待たされて、やっと忠之が現れた。井上小弥太が廊下に控えているが、秀頼は一対一で対峙することとなった。

「忠之殿、武家監察取締役木下秀頼である」

「黒田忠之である。大坂の陣では相対した仲であるが、これも運命でござるな」

「忠之殿も1万の兵を率いて大坂に来られていたのじゃな」

「政宗や前田の裏切りがなければ、こちらの勝ちだった。その両家が大きな顔をしている日の本はいかがなものかと思っておる」

「しかし、黒田家も50万石を安堵されておるではないか」

「たかが50万石じゃ。世が世なら100万石で九州の覇者になっていてもおかしくはなかった」

「九州探題を望まれるか?」

「はっは、おかしなことを言われる。領地が変わらず探題になってもおもしろくない。加藤の領地をくれるというならば別だがな」

「そんなことをすれば日の本全ての大名を敵にまわすことになる」

「わかっておる。そんなことはせん。ただ、今回のように父の遺言で弟に領地を分け与えるのは気に食わん」

「して、後見人井上大膳とのいさかいはいかに?」

「大膳めが無礼なのじゃ。わしが近習の堀井十太夫を重用して1万石を与えたことが気に食わんと言い出したのじゃ。それもあろうことか、九州探題にそのことを訴えたのだ。わしの許しもなく、勝手にしたこと許せん。秀頼殿が主君であれば許されますか?」

「そういうことでござったか。大膳殿にも非がありますな。それでは、この始末をわれに任せていただけるか?」

 忠之は苦虫をかんだ顔をしながら、しばらくして口を開いた。

「武家監察取締役としての職務であろうから、お任せいたす」


 翌日、客間に井上大膳と堀井十太夫が呼ばれた。主座には秀頼が座り、その脇には大助と家光が座っている。廊下には春馬と義慶が正座して着座している。

 今回の詮議の進行は家光の担当である。

「武家監察取締役木下秀頼公の配下徳川家光である。本日は今回の騒動の詮議をいたす。まずはお互いの言い分を申されよ」

 家光の名を聞き、二人は驚きを隠せなかった。世が世ならば3代将軍になっていた方である。それが秀頼と組んで詮議をするということで、恐れおののいていた。

「どうされた? お二人とも何も言うことはないのか?」

 とうながされて、井上大膳がやっと口を開いた。

「せ、拙者は殿の後見人としてあたり前のことをしたまでのこと」

「そのあたり前のこととは?」

「まずは、殿としてのありようを文書にしたためました。それが殿の癇にさわったようです」

「どのような文書だったのか?」

 大膳がなかなか口を開かないので、十太夫が口を開いた。

「まるで子どもに言い聞かせるような文書でございました。大声を出すな。時を守れ。人の話を聞け。早寝早起きをせよ。という内容でござった」

「忠之殿には守っていただきたいことでござった」

 と大膳がぼそりと言う。黒田家の恥をさらすようで恥ずかしかったのだろう。十太夫が話を続ける。

「その上、拙者が1万石を与えられ、殿の介添え人に命じられると公然と批判を始められました」

「あたり前だろ。拙者は殿の後見人であるぞ。なぜ、いちいちそちの許しを得なければ殿に会えぬとはどういうことじゃ?」

 大膳の口調が荒くなってきた。

「それに大膳殿は九州探題に文を書き、殿に謀反の動きがあると訴えでたのでござる」

「謀反とな?」

 家光だけでなく、秀頼らも驚いた。

「兵を集めたり、武器を買い求めたりするのは謀反の疑いではないか」

 と大膳は十太夫をにらみつけた。

「それは海賊対策でござる」

「海賊退治が終わってからも続けておるではないか。それも全て堀井家の蔵にあるというのはどういうことか?」

 大膳の追求に十太夫は言い返せなかった。家光が問い詰める。

「十太夫殿、それは忠之殿の命でなさったことか?」

 しばしの沈黙がながれた。その後、十太夫の口が開いた。

「殿の命ではござらん。海賊対策でしていたことを続けていたまで・・」

 そこで、家光は秀頼の顔を見て、秀頼がうなずいたので、

「それでは詮議はこれで終わりでござる。後日、処分がくだされるのでお待ちいただきたい」 

 ということでお開きになった。


 後日、秀頼は忠之と話し合い、けんか両成敗の主張を通した。井上大膳は奥州南部藩にお預けとなり、堀井十太夫は九州探題加藤藩にお預けとなった。忠之は片腕の存在である十太夫を手放すことになり、気落ちしていた。しかし、殿の命ではないと十太夫が身を挺して忠之を守ってくれたのである。

 その後、二人に変わり井上小弥太が目付役として忠之の側にいることになった。忠之はおとなしくするしかなかった。

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