第20話 対決

 楽しくて、とてもしあわせな気持ちで踊り終えた。

 なのに。

 曲が終わった途端に、わたしとマーティンは大勢のご令嬢たちに取り囲まれてしまった。

 そのご令嬢たちの代表格であろう一人が、ものすごい形相でわたしを睨む。

 そして、一歩前に進み出てきた。

「不躾ですが、第三王子殿下。ご一緒に踊られたそちらのかた……、いったいどこのどなたです?」

 まるで「自分の婚約者」が「浮気」をしているのを咎めているような口調。

 わたくしというものがありながら、どこの馬の骨の手を取っているの? なんていう副音声が聞こえてきそう。

 ……推測するに、こちらのご令嬢たちは、マーティンの婚約者の座を狙っている皆様、ですかね。

 実際に「わたくしというものがありながら……」とか「こんな小娘知らないわよ」とか「第三王子殿下は人を見る目がないわね」とか。ぼそぼそと、わたしに聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、告げてくる。

 ということは、わたしがマーティンの手を取るならば、こちらの皆様と戦わなくてはならないということですね。

 さて……、どうしようとは思った。

 でも、躊躇したのは一瞬。

 だって、わたし、こんな人たちに、勝手にマーティンの所有権を主張するような人たちに、大事なマーティンを渡せない。

 覚悟は、決めた。

 マーティンがご令嬢たちに、何らかの返事をするより早く。わたしはマーティンの袖を軽く引っ張った。

「ねえ、マーティン。わたしたちを取り囲んでいる皆様は、マーティンのお友達?」

 わざとマーティンの名前を呼んで尋ねる。

 だってねえ、代表格であろうご令嬢が『第三王子殿下』としか呼んでいないのよ。つまり、ここに居るご令嬢たちは、マーティンの名を呼ぶ許しを得ていないということ。だから、少なくとも「お友達」ではない。

 ご令嬢やその親たちが、マーティンの婚約者に、これらのご令嬢を推しているのかもしれないけど……、きっとマーティンは断っている。

 聞かずともわかることを、わたしは敢えて尋ねたのだ。

「いや……友達ではない。我が国の高位貴族のご令嬢たちであることは確かだが」

 そう、こうやって、友達ではないと、マーティンの口から言ってもらいたかったからね。

 わたしはこの場で名乗るつもりはない。

 だけど、名乗らなくても、あなたたちよりわたしのほうがマーティンに近しいのよと示すことはできる。

「そうなの……」

 少し間を空けて、わたしはフランツィスカ様のような高貴な笑顔で、ご令嬢たちに向きなおった。余裕たっぷりに、ご令嬢がたをぐるりと見まわす。

「わたしがだれか、ですね」

 ふふっと、笑う。

 煽るみたいに。

 だってねえ、わたし、気分を害しているの。

 マーティンと幸せなダンスをした。

 ずっと、一緒に居たいって。わたしの気持ちをマーティンに伝えようと思ったの。

 なのに、邪魔しやがって、この野郎……っていう気分よっ!

 わたしのしあわせな気分をぶち壊しくれたお礼くらいはしないとね。

 貴族たるもの、舐められたら終わり。

「はじめまして、皆様。わたしに関しては、後日、発表されると思いますわ」

 わたしが、どこの誰で、マーティンとどんな関係なのか。

 そんな情報は、簡単に渡さない。

「本日は、単に顔見せとして参りましたの」

 にっこにっこと、無邪気を装う。

「ですから、正式なご挨拶はまたその時に。ねえ、マーティン。そうよね」

 もったいぶって、ただマーティンと親密な様子だけを示す。

 実に貴族的なやり方よねえ。なーんて。

「ああ、そうだね。ただ一つ言えることは……オレの大事な人だということだな」

「嬉しいわ、マーティン」

 見つめ合って、ふふふと含み笑いをする。そして、ご令嬢たちが次に何かを言う前に、先に言ってしまう。

「では、わたしたちは下がらせていただきますね。皆様はこの後も引き続き夜会をお楽しみくださいませ」

 きちんと訓練された発声で、周囲に向かって声を出した。

 そのわたしの声に、なんと、国王陛下が応えてくれた。

「ああ、今日は急に駆り出してすまなかったな」

「いいえ、陛下。わたしが願い出たようなものですから。それに……マーティンとこうして踊れたこと、とても幸せでした」

「そう言ってもらえると助かるね」

「とんでもございません」

 こちらこそ、ありがとうございます陛下。

 わたしは、国王陛下に向かって淑女の礼を執る。

 夜会という公の場で、第三王子であるマーティンと踊っただけではなく、国王陛下からもお声をかけていただいた。

 つまり、わたしはそれだけ価値のある者だと、国王陛下自らが示してくださったのだ。

 ナイスフォロー、どころではない。

 わたしの存在は、陛下に認められている。つまりはわたしはマーティンの正式な婚約者候補なのでは……などなど、そんな考えが廻らないようでは高位貴族なんてやってられない。

 だけど、正式にわたしが婚約者ですと公表したわけでもないので、この場で「なぜこの国の高位貴族の令嬢である自分が、第三王子の婚約者になれずに、どこの馬の骨ともわからない小娘を婚約者にするのか」などと抗議もできないの。

 ふふふ、さすがです、陛下。

 でもきっと、わたしの為というよりも、マーティンのための外堀を埋めただけなんだろうけれど。

 でもね、外堀上等っ!

 わたし、マーティンの手を取ることを決めたからね!

 外堀は、埋めてもらえれば埋めてもらえるほど、わたし、感謝しちゃうかも、なんてね。

 本当のことを言えば、心臓は体から飛び出そうなほどバクバクしてはいるんだけど。

 そんなことを感じさせない優雅な足取りと、マーティンのエスコートで、わたしとマーティンはにこやかに夜会の会場から辞したのだった。


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