第4話 さあ、家族対決だ!

 クルト様もさっさと帰ってほしかったのだけれど、ユリア姉様といちゃつき継続中だったので、お父様に「話がある」と言って、わたしとお父様だけ、場所を移動させてもらった。

 お父様の執務室。久しぶりに入ったそこは、記憶にあるよりも雑然とした感じがした。

 ……ジェニファー姉様が、お父様のお手伝いをしていた時は、書類とか、もっと整然としていた気がするんだけど……。

 まあ、それは後でいいか。

「さて、お父様にお尋ねしたいのですが? よりにもよって結婚式の当日に、ジェニファー姉様へ婚約破棄をぶちかましたクソ男を我が家に引き入れているとは……。どういう料簡でございまして?」

 怒りの形相を隠しもせず、わたしはいきなり切り込んだ。

「どういう料簡も何も、クルト殿はユリアの婚約者だぞ? 陛下にも承諾いただいたではないか」

「そうですね。結婚式でのフランツィスカ第二王女殿下に対する無礼を、ジェニファー姉様をフランツィスカ第二王女殿下の侍女に召し上げることで許していただきました。そこまではいいのよ。だけどお父様もお母様も、よりにもよって結婚式で夫となるはずの相手を、実の妹に盗まれたジェニファー姉様に、謝罪や慰めの言葉くらいないの?」

「お前が言っている意味が分からないのだが……、何を怒っているんだザビーネは」

 きょとんとした顔で、首までかしげているお父様。

 信じられない。

 ジェニファー姉様を蔑ろにしているのならまだマシだった。

 そうじゃない。

 お父様は、ジェニファー姉様が傷ついたことなんて、まったく気が付いていないんだ。

「クルト殿とユリア姉様の婚約が成立したから、問題はないとお父様はお考えなのですね?」

「もちろんだ。ジェニファーは王女殿下に仕え、ユリアはクルト殿を婿とする。問題があるというのなら、そうだな。ユリアは学園を卒業するまであと一年あるから、クルト殿に婿入りしてもらうのは、今すぐではなく、ユリアの卒業後になってしまうということくらいだろう。だがヴィット伯爵も、婚約者が姉から妹に代わってすぐに婚姻というのは問題があるから、ユリアの卒業後に改めて結婚式をしたほうが良いのではないかと言ってくれた」

「……ジェニファー姉様の結婚式だと思って参列してくださった招待客の皆様へのお詫びはしたのですよね?」

「詫び? ああ、皆様にはご足労をおかけして申し訳ないということと、来年改めて、ユリアとクルト殿の婚儀を行うから、その時には改めてご招待しますとの連絡は当然したぞ」

 は……、馬鹿なのお父様。

 フランツィスカ第二王女殿下を筆頭に、ジェニファー姉様のご学友の皆様たちも、数多く結婚式に参列してくれていたのよ。皆さまジェニファー姉様のために、来てくださったの! 

 なのに、あんなことになって。

 フランツィスカ第二王女殿下が退出したら、皆様、式場に留まることもしないでさっさと立ち去ったじゃない。

 呆れているのよ、当然よね。

 それがわからないの? 

 来年になったら改めて、花嫁が異なる結婚式に招待だと? ジェニファー姉様のお祝いをしに駆けつけてくれた皆様に、ユリア姉様の結婚式に来てくださいなんて、馬鹿でしょう。

 ここまでくると怒るよりも呆れた。呆れ果てたわよ。

 ジェニファー姉様がどれだけ傷ついたのか。

 言ってやるつもりだったけど、言っても無意味だわ。

 ……まあ、もういいわ。皆様から呆れられて、恥でも晒すがいい。

 ああ、恥という概念がないのか。

 もう、いい。

 わたしもさっさとジェニファー姉様の後を追って、隣国に行く。

 こんな家族とはさっさと縁を切るに限る。

 真っ当に対応したところで、こちらの気持ちなんて通じない。

 時間の無駄。

 わたしは盛大な溜息を吐くと、お父様に白けた目を向けた。

「……過ぎ去ったことをどうこう言っても無意味ですね。今後の話をさせていただきます。わたし、学園を卒業したら、文官試験を受けて王城で働きますから。一次試験に合格できたら、第二王女殿下の推薦をいただけることになりました」

「おお、そうか! ジェニファーは第二王女殿下の侍女として隣国へ。ユリアは来年、クルト殿と婚姻を結び、そうして我が伯爵家を継ぐ。ザビーネは我が国の文官となるのか。すごいじゃないかっ! 我が家に跡継ぎの男児が生まれなかったことは残念だったが、三姉妹はみんな、それぞれの場で活躍することになる。我が家は安泰だな」

 お父様が朗らかに笑う。

 ……安泰? 泥船に乗っているの間違いじゃないの? どうでもいいけど。

 お父様は誤解しているようだけど。その上、その誤解を訂正する気なんて、わたしにはさらさらないけど。わたしは我が国の、ではなく、隣国の文官になりますらかね。我が家が泥船となって水の底に沈んでも、どうでもいいわ。知らん!

「ですから、わたしには婚約者だのなんだのは不要です。ではそういうことで。わたしは自室に戻って勉強します。何せ、学園の入学式は来週ですから」

「おお、そうか。頑張るのだぞザビーネ」

「……はい」


 戦闘モードで対決してやるつもりだったけど、その価値はない。

 わたしはずかずかと、音を立てて大股で歩き、自室に戻ってドアをバタンと閉めた。








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