第29話 その後

「う、ううう……。同じ地域なのに、どうして川の上流と下流の村で、こうも税率が違うの……」

 大量の書物に埋もれるようにして、モードント王国の地理なんかを勉強をしているのは、ユーリーと名を変えたユリア姉様だ。

 ユーリーは、ジェニファー姉様に謝罪をした後、モードント王国のどこかの田舎の町で、平民としてつつましく生きていく予定でいたらしい。

 だけど、それを許すフランツィスカ様ではなかった。

「目的のためならどんな手段を取ることもいとわずに、しかもあたくしの指示通り、きっちりと物事を行える有能な人材を手放すわけはないでしょう。これまで知恵を貸してあげた代価として、モードント王国の発展のために働きなさい」

 ユリア姉様……じゃなかったユーリーは来年の文官試験を受けることになった。

「あなたの妹であるザビーネが、短期間の学習の末に、きちんと合格できた文官試験よ。姉のあなたが合格できないわけはないわよね」

 ほーほほほと高笑いをするフランツィスカ様。

 あー……、なんというか、物語とか演劇の悪役のご令嬢みたいになっているけど……。なんか、煽っているみたいだけど。これ、わざとだろうな。きっとユリア姉様のこれから先の人生とか生活とかのことを心配しているのだろう。文官試験に受かりなさいなんてさ。受かったら、二次試験の推薦状を書くとかまで言ってくださって。

 それともフランツィスカ様なりのお詫び、なのかな。

 ユリア姉様を暴走させすぎた……とかの。

 まあ、わかんないけど。

 ジェニファー姉様もニコニコしているし、ユーリーもなんだかんだ口先では文句を言いつつ、きちんと勉強をしている。

 今は、モードントのお城の中にある資料室の机に突っ伏しているけど。

「どうしてこんな難しい内容を、アンタは短期間で覚えて、合格できたのよっ!」

 あー、まあねえ。

「そりゃあ、疑問なんて考えないで、頭から尻尾まで丸呑みしただけよ」

「はあ? なにそれ丸暗記ってこと?」

「うん、だって、この地域差はなんなんだろうとか、疑問を覚えている暇なんて、なかったもの」

 三十冊分の内容を五日で覚えなさいって言われたら、それしか方法はないでしょう。

「あー……、参考にならないわねっ!」

 バリバリと頭を掻くユーリーに、そっと一冊の本を差し出したのはラフェドだ。

 ラフェドも、ユーリーと一緒に文官目指して試験勉強中。

「ユリアお嬢様。そちらのご質問に関しては、この本の三十ページ以降に詳しく記載がございます」

「……そう、ありがと。だけどラフェド。あたしはもう平民のユーリーなの。お嬢様はやめて。あと敬語もね」

 この二人にはカトリオーナ様の音読係の仕事もお願いしている。

 いや、わたし的には毎日でもカトリオーナ様の音読のお仕事をやりたいって思っているんだけど。

 もうすぐね、わたし、マーティンの正式な婚約者になるの。

 正確に言えば、二か月後に発表される。

 王族としての立ち居振る舞いだとか、あれこれを勉強しないといけないのよね。

 だから、わたしは週に一回程度しか、カトリオーナ様の音読係をさせていただいく時間が取れなくなった。最近は書物の音読よりも、マーティンと三人でお茶会みたいになっているけど。音読は、ユーリーとラフェドの仕事に移行しつつある。

 フランツィスカ様や王太子殿下や王族の皆様とも、食事やお茶をご一緒させていただくことが多くなってきた。

 実践学習?

 家族間のコミュニケーション?

 モードント王国の、王族の皆様は、厳しくもお優しいから、ご一緒も嬉しいけどね。

 二か月後に婚約発表で、更にその一年後に結婚式。

 本当ならめちゃくちゃ忙しい……はずなのだけど。

 五日であれこれ覚えて文官試験に合格して、しかもヴァイセンベルク王国に行って、ユリア姉様から衝撃の告白を受けた……あの時に比べたら、時間的にも気分的にものんびりと優雅に毎日を過ごせている。

 まあ、マーティンとの婚約が正式に発表されれば、マーティン狙いだったご令嬢がたとのバトルが勃発するかもだから……今は、こうやってのんびりしつつ、英気を養う……でいいかな、なんて思ってる。

 わたしも今はちょっと休憩タイム。

 マーティンの仕事が一段落するのを待っている。

 この後一緒に、わたしたちの新居……王城の西側にある離宮の内装工事をしてもらっているんだけど、それを見に行くの。ふっふっふ。

 結婚後はマーティンは公爵となって、王太子殿下たちの治世を支えていくことになる。わたしもその補佐ね。社交界をけん引するのは当然王妃様や王太子妃であるフランツィスカ様なんだけど、わたしも第三王子妃として、いろいろ頑張らないとね。

 ……基本的にはフランツィスカ様がお忙しくて、そこまでできないけれど、王族としてやっておいたほうがいい慈善事業とか、まあ、そういうのに駆り出されることでしょう。

 ……つまり、わたし、フランツィスカ様の手下? 使い走り?

 楽しそうだし、無駄なことはしないだろうから、何でもできるようになっておかないと。

 あ、ノックの音がした。壁際に控えていた侍女さんたちが資料室の扉を開ける。

「ザビーネ、お待たせ」

「マーティンっ!」

 小走りに近寄って、そのままわたしはマーティンに抱き着いた。

「大丈夫。ユーリーたちと一応勉強していたから」

「ああ、ユリア義姉……ではなくユーリーとラフェドもいるのか、ちょうどいい」

 机に突っ伏していたユーリーは立ち上がって、ラフェドと一緒にマーティンに頭を下げた。

「第三王子殿下にご挨拶申し上げます」

「あ、気楽にして。それから、いくつか伝えることがある」

 マーティンが何を言うか、わたしには予想が付いた。

「お父様やあのクズ男たちのことよね」

 マーティンは頷いた。

「えーと。誰のから言おうか。まず、ユリア・フォン・ディールに関しては、足取りが掴めず捜索中止。貴族のご令嬢が市井に紛れて生きていけはしないだろうから、放置というか、死亡したものとして処理することになった」

「そう……ですか。お手数とご迷惑をおかけいたしました……」

 死亡扱いのほうが、今後の人生に影響はなく、自由に生きていけるし、モードント王国にも迷惑をかけない……んだけど。

 書類上とはいえ『自分』が死んだというのは……ちょっとね、ショックというか、ダメージが大きいだろう。

 だけど、これが、ユリア姉様に対する罰みたいなもの。

 悪いことをしたら、ごめんなさい……を、することが必要。

 ごめんなさいも言えずに、そのままでいたら、そっちの方が、心苦しいというか、辛いだろうから。

 罰して、許す。

 ……甘い、かなあ。だけど、そのくらい甘くてもいいと思う。

 これまでじゃなくて、これからを歩んでいかないといけないんだからね。

「ディール伯爵夫妻については、使用人たちが一人残らずいなくなった屋敷で呆然としているところを憲兵が捕まえたようだね」

「金貨一千万枚払えないから、鉱山送りですか?」

「まあ、小さい文字で書かれていた内容だから、読めない、だまされたとか叫んで暴れてね。金貨を支払うか、鉱山で働くかの後は、ちゃんと伯爵に戻すつもりだったんだけど……」

「暴れちゃったから、それもなし、ですか?」

「うん。で、結局、爵位取り上げて、領地とか全部ヴァイセンベルク王室に返上して。鉱山送りはなくなったけど、平民になったって」

 うーん、鉱山で働いて、またあとで貴族に戻るのと、鉱山送りはなしで平民になるのと……どっちがマシ、なんだろう……。

「一応、ディール伯爵夫妻のご両親……、ザビーネたちにとってはおじい様やおばあ様にあたる人が、ご両親を引き取って、屋敷で面倒を見るってことで決着がついたらしいよ」

「そーかー……」

 おじい様……、お会いしたこと、ないな。

 だけど、お父様とかお母様のことを引き受けてくれるなら、まあ、いいか。

 それなら、わたしもジェニファー姉様もユーリーも。お父様とお母様のことなんて気にせず、モードント王国の人間として自由に生きていくことができそう。

 うん、これはこれでいい、かな。 

 あんまり厳しい罰になると、ジェニファー姉様が心を痛めるし。……調整、入ったのかも、だしね。

 親としての愛情を、お父様からもお母様からもあんまりかけてもらっていなかったから。子として親を思う……なんてことがあんまりなくて。わたし、薄情かもしれない。

 ああ、お父様とお母様に、たった一つ礼を言うのなら。

 わたしを、ジェニファー姉様の妹として生んでくれてありがとう、かな。

 わたしたちは勝手に幸せになるから、お父様もお母様も、これ以降はサヨウナラ。

 そんな、カンジ。淡白でごめんね。





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次回最終回です。

最後までお付き合いいただければ、幸いです。


感想など頂いて、気になった点とか、ここはちょっとなと思った点は、完結後にいろいろ修正をかけていこうかと思います。


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