第28話 仕返しではなくしあわせを
ユリア姉様からいろいろ説明を聞いて、それだけで疲れた感があるけど……。
疲れている場合じゃない。
わたしもユリア姉様も、ジェニファー姉様のことが大好きだ。
だけど、わたしとユリア姉様は、取る行動が、逆。
わたしは、自分がジェニファー姉様と一緒に居たくて、全力でジェニファー姉様を追いかけた。
ユリア姉様は、自分がジェニファー姉様から離れてでも、ジェニファー姉様を泣かした奴らに鉄槌をって、妊娠まで偽装して、クズ男やお父様たちを懲らしめたい。
わたしとユリア姉様は、方向性が違うだけで、どちらも極端に突っ走っている気がする。
気がする、じゃないか。突っ走っているよね。
目的を決めたら、それに向かって脇目も振らずまい進する。
……良いことかもしれないけど、視野が狭い。
わたしだけじゃなく、ユリア姉様もだ。
ねえ、ユリア姉様。
わたしもユリア姉様のこと、責められたもんじゃないけどさ。
突っ走って、相手の気持ち、蔑ろにしてきていないかな?
突っ走って、ジェニファー姉様の気持ち、考えていないんじゃないかな?
フランツィスカ様もユリア姉様も怒って、ジェニファー姉様のために、いろいろやったのだとは思う。
うん、計画を立てたのがフランツィスカ様、実行したのがユリア姉様って。
すごいと思うよ。
すごいとは思うの。
わたしだって、あのクズ男には正直ムカついている。ぶん殴ってやりたいくらいに。
だけど、さ。
わたし、ユリア姉様がしたこと、それは違うって、ちょっと……ううん、だいぶ思ってる。話を聞いているだけで、すごく疲れてしまった。
ねえ、ジェニファー姉様ってさ、復讐とか仕返しとか、そんなこと、全然少しも考えない人だよ。優しいんだもん。
そりゃあ、あのクズ男に、結婚式なんて場面でいきなり婚約者を妹に代えてもいいよな、なんて言われてショックは受けたと思う。
だけど、それであのクズ男を恨みに思うとか、仕返ししてやりたいなんて、絶対にジェニファー姉様は考えない。考え付きもしない。
そういう人、だもの。ジェニファー姉様って。
落ち着いて、穏やかで、寛大。
クズ男に対してだって、優しいもの。
ジェニファー姉様の側に居るといつも、まるで春の太陽に照らされたみたいで、心がポカポカ温かくなってくるの。
幼いころのわたしやユリア姉様が、癇癪とか起こしても、気持ちが収まるまでずっと手を握って側に居てくれた。抱きしめて、頭を撫でてくれた。
そんな人だもの。
だから、ジェニファー姉様は復讐とか仕返しとか、きっと思いついてもいないよ。
ユリア姉様が、体を張って、危ないことしてまで、クズ男とかお父様たちに仕返しなんて、したことを知ったら。
……悲しむよ。
ジェニファー姉様、悲しむよ。
マーティンに寄りかかっていた体を起こして。わたしはユリア姉様をまっすぐに見る。
わかって、もらわなきゃ。
ジェニファー姉様が悲しむこと、ユリア姉様に。
「……逃げるって、ユリア姉様、どうやって逃げるつもりなの?」
「ちゃんとラフェドと待ち合わせて一緒にモードントまで行くわよ」
「……いつ、どこで待ち合わせているのよ」
「……別にいいじゃない。いつ、どこでも」
こういう言い方をするっていうことは、ラフェドと待ち合わせること自体がユリア姉様の嘘かもしれない。
嘘じゃないとしても、待ち合わせの場所がここからかなり遠いとか、時間もだいぶ先、とか。そこまでは一人とか。
あからさまにため息を吐いて。それからじとっとした目で責めるようにユリア姉様を見る。
そうしたら、ユリア姉様の視線がちょっと泳いだ。
「ユリア姉様は、自分の身の安全を第一に考えるべきよね。というか自分の身を大事にしてよ」
「べ、別に平気だし」
「へー、だからあのクズ男と婚約も結んで、妊娠も偽装して、クズ男とお父様たちを陥れるためなら、体まで張っちゃうようなことしたって、平気なのねー。へー、ほー、ふーん。……それぜーんぶジェニファー姉様にバラしても、だいじょうぶって言いきれるのかしらね。どうなの、ユリア姉様?」
一番痛いであろうところを突いてやる。
わたしは、正直に言って、ユリア姉様のことは好きじゃない。ジェニファー姉様を取り合う敵だ、くらいに思っている。
だけど、ジェニファー姉様は、ユリア姉様のことも大事に思ってるんだよっ!
ユリア姉様が、ジェニファー姉様のために自分を犠牲にするようなことしたら。
ジェニファー姉様がどう思うか、わからないの?
そんなはず、ないよね。
「……ああ、そう言えば、ジェニファー姉様からユリア姉様に伝言があったんだわ。『ユリアに、体を労わって、元気な子を産んでねって伝えてちょうだいね』って」
ユリア姉様からの返事はない。視線が揺らいだ。奥歯を噛みしめている。
体を労わって。自分を大事にして。
ジェニファー姉様の結婚式で、クズ男とはいえ、ジェニファー姉様の婚約者を奪ったユリア姉様に対してだって、ジェニファー姉様は優しいんだよ。ユリア姉様のこと、責めたり酷いとか言ったりなんてしない。何かの事情があってやったことだとか思って、その事情を考えて、でも思いつかなくて、ジェニファー姉様はユリア姉様のことを心配している。
「ユリア姉様、今、自慢げに、あれこれやってきたって、わたしにいろいろ言ってきたけど。それ、全部、ジェニファー姉様に言える?」
「う……」
「身分証あるからモードント王国に行けるかもだけど、行ってフランツィスカ様にお願いすれば、ジェニファー姉様に会うことくらいならできるかもだけど。ユリア姉様、ジェニファー姉様に会える? 胸を張って堂々と、会える?」
大事なのは、ジェニファー姉様。
それはわたしもユリア姉様も同じ。
だから、身を犠牲にしてでも何でもできるんでしょう。
だけどさあ、ジェニファー姉様のために復讐をじゃなくて。
ジェニファー姉様と一緒にしあわせになることを考えようよ。
☆★☆
今わたしは、マーティンと共にモードント王国に帰る馬車の中だ。
ユリア姉様には騎士服を着せて、他の護衛の人たちのように馬に乗ってもらって、わたしとマーティンが乗っている馬車に並走してもらっている。
わたしはマーティンに頼んで、ユリア姉様をわたしの護衛に仕立ててもらった。
「いいよ、ザビーネのお願いなら何でも聞くよ」
そうあっさりと、ユリア姉様を護衛とすることを承諾してくれてマーティン。
うん、わたし、甘やかされているっ!
ふっふっふ。
第三王子一行の馬車、その護衛兵が、逃亡者なんて思わないでしょ。
悠々と、堂々と、国境を越えて、モードント王国に帰ってきましたともっ!
ついでに途中でラフェドも回収。手抜かりなしっ!
ま、馬に乗りっぱなしのユリア姉様は疲労困憊だろうけどね。
……って思ったのに、結構元気だった。護身とか習っているときに、体力も付けたのかしらね。
ちっ!
なーんてね。舌打ちは淑女としてアウトだわ。
ああ、あと二週間近くも馬に乗っていたら……ユリア姉様、少しやせたわ……。良かったね……。
で、事前に、ジェニファー姉様には手紙を書いておいた。
ユリア姉様を連れていくってことと、ユリア姉様がしたことを全部書いて。
で、 護衛に扮しているユリア姉様を、ジェニファー姉様の前に突き出してやった。
ユリア姉様を見た瞬間に、ジェニファー姉様は泣いた。
「ごめんね、ユリア。たくさん、したくもないこと、させてしまったのね。ごめんね」
謝るジェニファー姉様に、ユリア姉様は慌てた。
「あ、あたしが勝手にっ! 勝手にやったのよっ! ごめんなさいはあたしのほうっ!」
ユリア姉様はまるで子どもみたいにジェニファー姉様にしがみついて、声を上げて泣いて、泣いて、泣きまくった。
……ユリア姉様がジェニファー姉様に抱きついているのを見ると……、やっぱりムカつく。
ジェニファー姉様の一番はわたしって、子どものときみたいに言いたくなる。
……だけど、もうわたしにはマーティンがいるし。
まあ、今日ばかりはユリア姉様にジェニファー姉様のこと、譲ってあげてもいいよ、なんて。
でも、ちょっと、むすっとしていたら。
苦笑したマーティンに、わたし、頭を撫でられてしまった。
……子どもじゃあないのに。
でも、マーティンの手は……あたたかくて、春の日の穏やかな日差しみたいで。なんかうれしくなってしまったわたしだった。
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