第27話 恐るべしはそっちでしょ
「えーと、あと何が聞きたいの?」
「あと何って、まだまだいろいろあるよ。ユリア姉様とクズ男の婚約破棄のペナルティとか……、姉様、お腹の子、どうするのとか……」
う、お腹に子どもがいるということは、ユリア姉様、あのクズ男と、少なくとも男女のあれやこれやをしたということで。
ジェニファー姉様のためだとしても……そこまで、やる、か?
言いにくいけど、それでも、わたしが尋ねたら、ユリア姉様はあっけらかんと答えた。
「ああ、お腹の子? そんなの嘘に決まっているじゃないの」
「う、うそぉ⁉」
「は、嘘、ですか……」
そ、それは良かった……んだけど、でも。
「で、ですが、ユリア義姉上。す、少なくとも、子を、成す、行為を……、いたしたの、です、よ、ね……」
マーティンがしどろもどろで、顔を赤らめながら聞いた。
あんなクズに、ユリア姉様が、その、あの、こ、行為をしたとか……なんて、それはちょっとどころか、だいぶ……嫌。
ジェニファー姉様のためだとしても、そんなの止めてって。ジェニファー姉様だって悲しむよって。
「当然していないわよ」
し、してない⁉
「ユリア姉様、本当に……?」
わたしたちを安心させるための嘘では……と、わたしは疑った。
「お酒で酔わせて、フランツィスカ王太子妃様が調達してくださった幻覚作用のある薬も混ぜて」
く、薬っ⁉
「あれこれ致したフリして、そのあと、すぐに妊娠したって言ってね。あたしの貞操を守るために妊娠を偽ったのよ。さすがにあのクズも、妊婦に手を出すほどの人でなしではないからね」
「え、でも食べつわりって……」
「妊娠が嘘だから、悪阻で吐くとかもないでしょ。偽装よ偽装」
うわ……しか、もう、言葉が出ないよ……。
「あと、妊娠して食べつわりって言えば、太って当然でしょ。クルトの馬鹿はすらっとしてるくせに、胸だけはボンってある、しかも見た目大人しい可憐な女の子が好みだからね。デブ体型になれば、あっちから婚約なんて解消なり破棄なりしてくると思って、すごーく食べまくった。それこそ本当に食べ過ぎて気持ち悪くなるくらいに。寝る前に必ずケーキとか。護身術、教えてもらったときについた筋肉を落とすために、ごろごろだらだらして動かないとか」
「そ、そこまでして、わざと、太ったの……」
「そう。しんどかったわー」
そこまでやるか。
考えたのがフランツィスカ様だとしても、それを実行しちゃうユリア姉様に……、もう、なんて言っていいのか……。
「あー、それからねえ、あたしとあのクズが婚約を結ぶとき、契約書にも細工をしたの」
ふっふっふ、と悪役顔で笑うユリア姉様。
こ、怖ぁ……。
「あ、あの、さっきもクズ男……クルト様に契約書を確認って言ってたけど、なに、したの……」
「本当はジェニファー姉様との婚約破棄のときに、あいつにもお父様たちにもがっつり仕返ししたかったのよ」
「仕返し?」
「ジェニファー姉様が結婚式なんかで花嫁交代なんて言われたのに。あたしがクルトの馬鹿と婚姻すれば、両家の政略に問題がないなんて主張するお父様たちなんか、みんなまとめてくたばりやがれってね!」
にっこにっこと顔は笑っているけど、ユリア姉様の目の光は……暗い。
「だからねえ、こういう文言をあたしとクルトの馬鹿の婚約の誓約書に盛り込んだの」
一息おいてから、ユリア姉様が言う。
「『この婚約は、王家も認めるものである。従って、将来において、ディール伯爵家の次女ユリア・フォン・ディールとヴィット伯爵家の三男クルト・パブロ・ヴィットの婚約が、破棄もしくは解消となる場合は、王家の顔に泥を塗る行為と見做し、ディール伯爵家とヴィット伯爵家は金貨一千万枚をヴァイセンベル王家に支払うこと、もしくは王家所有の鉱山にて、二十年間の強制労働を命ずる』ってね」
ユリア姉様が持っていたポーチから取り出した婚約契約書……。
それにはものすごーく小さい文字で、今、ユリア姉様の言ったような内容が書かれていた。
ああ……、お父様たちのことだから、こんな細かいところまでは読まないわよねえ。
そして、その書類にはユリア姉様とクズ男の名前と、両家の名前がサインされていた。
駄目押し的に、フランツィスカ・エル・ヴァイセンベルク第二王女、国王陛下のサインと、王家の印章まで押されてある……。
そこまでやるか? と思ったけど、ユリア姉様がやったことはそれだけじゃなかった。
「ついでに言うのなら、ディール伯爵家の使用人たち全員分、既にあたしの名で紹介状を書いてるの。次の勤め先、見つかりやすいようにって。それと退職金もね。両方、ラフェドに渡してあるわ。ディール伯爵家は没落するからみんな逃げなさいってね。ふふふ、行うはずだったあたしとクルトの結婚式の準備で、お父様もお母様も教会に出かけているはずだけど……帰って来た時には、ディール伯爵家の屋敷の中に、だーれもいなくなっているかもね」
マジですか、お姉様……。そこまで徹底します……?
「ジェニファー姉様を泣かせた罪、とくと味わいやがれよ」
ふっふっふと低い声で笑うユリア姉様は……魔女か悪魔のよう。
すごいわ。
もう、何も言えない……。
わたしはもう、二の句が継げない状態で、呆けてしまったのだけど。
マーティンは契約書を見ながら何か考えこんでいる。
ん? どうしたんだろう。
「マーティン?」
つんつんと袖を突いてみた。
「ユリア義姉上も……罰せられる対象になるのでは」
えっ!
「ディール伯爵とヴィット伯爵家の両家に支払い義務があり、それが無理なら、強制労働。対象の人物については明記していないのだから、ディール伯爵とヴィット伯爵家の全員が対象と考えることができる」
「全員って、わたしとジェニファー姉様も⁉」
うそ、冗談じゃないわ。
「ザビーネはディール伯爵から籍を抜き、公爵家の養女扱いになるし、ジェニファー義姉上も、モードントの国の民扱いだ。だから大丈夫。だが、ユリア義姉上は?」
「ああ、だから逃げるのよ」
そう言っても、ここ、王家所有の離宮なのよ。王家から逃げないといけないのに、なんでわざわざこんなところに来るの。
「逃げるために来たのよね。ここの離宮に用意してもらっているのよ」
「何を?」
「あたしの身分証」
「へ?」
「あたしはモードント王国の民で名前はユーリー。身分証は、ちゃんとモードント王国の正式なものだから、万が一憲兵とかに捕まっても、偽造なんて思われないわよ」
用意を、していたのか。
用意をしてくれたのは、フランツィスカ様……だよね。うわ……どこまで計算しているんだろう、あの方。
「ホントなら、お父様とかあのクソ男が金貨を支払えなくって、鉱山に就労させられるところまでこの目で見たかったんだけど……。まあ、ね。そのへんはフランツィスカ王太子妃殿下の指示の元、きっちり行われるんだろうから、あたしは安心してモードント王国に逃げるわよ」
……ああ、もう、なんか、説明を聞いただけで、ものすごく疲れたわ……。
ジェニファー姉様を泣かせた。
その仕返しのために、ここまでするかユリア姉様。
……恐るべしはわたしじゃなくて、ユリア姉様とフランツィスカ様のほう、だよねえ……。はあ……。
わたしは溜息を吐きながら、わたしと同じように疲れた顔をしているマーティンに寄りかかったのだった。
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お読みいただきまして、ありがとうございます!
このお話も最終回まであとわずか。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
それから、このお話ではなく、以前に書いた別のお話ですが。
第5回HJ小説大賞前期『小説家になろう』部門 に応募しまして、なんと、一次選考通過しました!
(*´▽`*)
わーい。とりあえずめっちゃうれしい。
二次、最終選考にも残ると良いなあ……。
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