第23話 浮かれてますが、気を引き締めないとイカンのです

 バタバタと帰国準備をしているときに、ついうっかり、わたしはお父様からの手紙をジェニファー姉様の前で落としてしまった。

 青ざめたジェニファー姉様。

 わたし、迂闊すぎっ!

 ごめんなさい、ジェニファー姉様っ!

 マーティンと一緒にヴァイセンベルク王国に帰国するから、ちょっと旅行気分で浮かれていたのがいけなかった。

 ……いや、その。ほら、両想いで、しかもずっと二人きりで旅行みたいなものじゃない。いや、えっと、馬車にマーティンと二人きりではなく、ちゃんと侍女の人もいるし、馬車の外にも護衛の人もたくさんいるんだけど。モードント王国に来るときなんて、ほとんど観光しつつ……みたいなものだった。ゆっくり宿で休みを取って、しっかりご飯も食べながらやって来たんだもの。

 だから、今回、ヴァイセンベルク王国に帰国して、退学手続きとか、ナディア様とか公爵閣下にご挨拶しに行くのも……、ヴァイセンベルク王国に着くまでは、マーティンとの楽しいデート気分の旅行……とか思ってたりで。

 はい、正直に告白します。

 わたし、浮かれています。

 ウキウキで、わくわくで、ドキドキなのです。

 ふわふわした気分でいるから、うっかり、手紙を落としたり、ユリア姉様のことも批判してしまったり、しちゃったのよね……。

「貴族の令嬢ともあろう者が、婚前交渉をして、子まで孕むとは何事だ」なんて言ったら。ジェニファー姉様に叱られてしまった……。

 ちょっと反省。

 というか、浮かれてないで落ち着けわたしって感じ。

「ユリアは……軽薄なことをしないと思うわ。……どうしても、断り切れずにとか、何か事情が、きっと……」

 ……ユリア姉様はジェニファー姉様の婚約者を奪った女ですよ? しかも結婚式の当日なんかに。

 めちゃくちゃ軽薄で、何も考えていないでしょうっ!

 実の妹だからって、ユリア姉様のことを庇うなんて、ジェニファー姉様、優しすぎませんか……っ! もともとジェニファー姉様は優しいけどね!

 お母様は、わたしたち姉妹にあまり関心がない人で。

 乳母とか侍女とかも、一応いたけど、わたしやユリア姉様を愛してくれたのはジェニファー姉様しかいなかった。

 幼い時、わたしやユリア姉様は寒い時期になると、すぐに風邪をひいて熱を出した。

 そんな時、一晩中ずっとそばにいてくれたのはジェニファー姉様だ。

 さみしい時も、楽しい時も、いつだって、笑顔で、ジェニファー姉様はわたしやユリア姉様の側に居てくれた。愛して、慈しんでくれた。わたしもユリア姉様も、ホント、ジェニファー姉様に育ててもらったようなものなのよ。

 ユリア姉様なんて、一時期ジェニファー姉様のことを「母様」なんて、呼んでいた時期もあったくらいなのに。

 ……なのに、そんなジェニファー姉様を裏切って、婚約者を奪うなんて、ユリア姉様はどういう神経してるのよ。

 恋に狂った?

 そんなにあのクルト様が良く見えたのかなあ……。

 わたし、クルト様なんて、クソ男としか思えないんだけど。

 わたしはもともとユリア姉様なんて嫌い。だけど、ジェニファー姉様はユリア姉様のことを……もう、許してしまっているみたい。

「フランツィスカ様の侍女としての仕事があるから、ザビーネと一緒に帰国することができないのだけれど。ユリアに、体を労わって、元気な子を産んでねって伝えてちょうだいね」

「えー……」

「ザビーネ、ユリアとケンカしちゃだめよ?」

「はぁい……」

 むっすーと、頬を膨らましながら、それでもわたしはジェニファー姉様の言葉に頷いた。

 ケンカしちゃだめよ?

 久しぶりに、聞いた。ジェニファー姉様のその言葉。

 幼い時、わたしはユリア姉様とよくケンカをした。

 わたしが絵本を持ってジェニファー姉様のところに行って「この絵本を読んでください」って言うと、ユリア姉様も別の絵本を持ってきて「ジェニファー姉様、先にこっちの本を読んでよ」なんて言うものだから、わたしとユリア姉様はどちらの本を先にジェニファー姉様に読んでもらうかで言い争いをしたのよね。

 で、ジェニファー姉様に叱られるの。

 順番よ。それが守れないのなら、どちらも読まないわよって。

 絵本が人形のときもあったし、どんな遊びをするかとか、どこに行くかとかのときもあった。

 とにかく、些細なことでわたしとユリア姉様は違う意見を出し、自分の意見をジェニファー姉様に優先してもらいたがっていた。

 わたしもユリア姉様も、自分のほうがジェニファー姉様に愛されているんだって、主張して。

 だけど、喧嘩両成敗、なんだよねえ、ジェニファー姉様って。

 ああ、ホントなんでユリア姉様はジェニファー姉様を裏切ったんだろう。公平が嫌だったのかな? それとも……恋する気持ちは止められなかった? 純愛とかって言っていたもんなあ……。

 わたし、ジェニファー姉様を裏切るなんて、信じられない。

 あんなクソ男でも、ジェニファー姉様から婚約者を奪ったら、ジェニファー姉様が悲しむのに。

 なのに、むう……っ!

 甘すぎるわよ、ジェニファー姉様。

「そんなことないわよ。……正直に言えば、政略結婚で、家のためにクルト様と結婚するのは仕方がないって思っていたのよ。だから、ユリアがクルト様を……引き受けてくれて、少しほっとしたところもあるのよ」

 ……後付けで、そう思って、無理矢理に心を納得させただけじゃないのかなあ、ジェニファー姉様って。

「そりゃあ、あのクソ男……クルト様と一緒にディール伯爵家の領地経営するよりは、フランツィスカ様の侍女になったほうが、ジェニファー姉様にとっては何百倍もしあわせだと思うけどねえっ!」

 思わず叫んだわ、わたし。

 それで、ジェニファー姉様に言葉遣いを叱られた。

 クソ男は止めなさいって。

 ううう、じゃあ、今度から、クルト様のことは、クソ男じゃなくて、クズって呼ぼう。

 声には出さずに、わたしは心の中でこっそりとそう思った。


   ☆★☆


 さて……、久しぶりのヴァイセンベルク王国、到着。

 まずは各方面、ご挨拶。

 それから養子縁組だの退学届だの書類を提出したりなんだり。

 全部終わって、書類も整って、モードント王国に帰る前に、ちょこっとディール伯爵家に立ち寄って、終わり。

 結婚式は……、日数計算したら、出られてしまうか。ああ、面倒。出ないでモードント王国に帰りたい……。

 ため息をついたら、馬車の小窓から風が吹き込んできた。

 涼しい。

 風はもう秋だなあ……なんて感慨深く思ったり。

 元々夏の休業期間だけ、モードント王国で、音読係のお仕事をさせてもらうつもりだったのにね。

 人生ってどうなるかわからないのねえ。

 ジェニファー姉様を追いかけてのつもりが、マーティンが大好きになって、こ、婚約を結ぶために、ナディア様がたにご挨拶を……なんて。

 ご挨拶が終わって、モードント王国に戻れば。

 わたしとマーティンの婚約も正式に発表される。王子妃教育とかいろいろ終われば、結婚式だって挙げちゃうだろう。

 うふふあはは……で、浮かれる前に、やることが多いな……。

 でも、マーティンとのしあわせな未来を掴むためなら、わたし、全力出して、がんばっちゃうよ!

「あー、ザビーネ? 頑張ってくれるのは嬉しいけど、あまり突っ走らないようにね」

 マーティンに、そう言われてしまったわ……。

「でも、わたし、マーティンに釣り合う女性になりたいのよ」

「女性不信に陥りかけていたこのオレが、惚れるくらいにはザビーネは素晴らしい女性だから」

「あー、えへへ」

 すらっとそんなふうに言われて、照れちゃうわ。へへへ、嬉しい。

「だから、一人で突っ走るんじゃなくて。人生長いんだから、オレと一緒にのんびり歩いていこうよ」

 そっと触れてくれたマーティンの手は、わたしの小さい手を包み込んでくれて。

 あー、好き。

 自覚したのは最近だけど、マーティンのこういうところ、わたし、ホント好き。

 何度惚れ直すんだろうって……。あー、気を抜くとわたし、いかにマーティンが好きかを、垂れ流すみたいに喋っちゃいそうになる。

 自重しないと……。

 これからナディア様や公爵閣下、フランツィスカ様の従姉のエルフリーデたちにお会いして、後見ありがとうございますって、きちんとご挨拶をしないといけないのに。

 顔を、引き締め、ないと……。

 いやいや、でも、ホントマーティン素敵。

 わたし、よく今まで、こんなに素敵なマーティンに惚れもせずに、友達っ! とかいう態度でいられたな……って、我ながらびっくりするんだけど。

 なんて、マーティンに正直に言ったら。

 マーティンは顔を真っ赤にして、手で顔を覆った。

「ちょ……、ザビーネ。嬉しすぎて、ひっくり返りそうになるから、手加減してっ!」

 はい、好き好き言うのは自重……する……したい……、いや、無理でしょうっ!

「自覚してから、このところ、好きで好きでしょうがないって感じになってるのよ」

 浮かれすぎて、ジェニファー姉様の前で失敗もしてしまったくらいだし。

「……そういうトコロまで猪突猛進……。いや、うれしいけど。めっちゃくちゃしあわせだけど。……侍女がいるとはいえ、馬車なんていう密室で、そんなこと言われると……。オレ、心頭滅却するの、大変なんだけど」

 ああ、早く、結婚式を挙げたい。理性が持たないって、マーティンが悶えてる。

 ええと……。

 うん、わたしも早く結婚したい。

 なんて言ったら、マーティンは馬車の中を転げまくった。

「こ、婚前に、いろいろあれこれしちゃったら、おばあ様にも兄様たちにも何をされるか……。落ち着けオレ。辺境に飛ばされて、数年はザビーネと離される未来しか浮かばないっ!」

 あー、飛ばされちゃったら、わたし、マーティンを追いかけるけどね!

 なんていちゃいちゃしつつも、馬車は着実に伯爵家に向かっているの。

 気を、引き締めないとっ!





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 馬車に同乗している侍女さんたちは、きっとチベットスナギツネ顔で、無の境地……。



 このお話も、予定よりは少し長くなったかな……。

 だけど、十万文字以内で終わると思います。

 最後までお付き合いいただければ嬉しいですm(__)m



 このお話が完結した後は、

『断罪されて処刑された悪役令嬢は、100日後に復活するか』というお話を書こうと思っています。

 このところ、一人称で小説を書いていたので、そろそろ三人称で書きたくなってきました。


 そんなこんなで、次作の準備もしつつ、この話も頑張って完結しますね~。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る