第22話 帰国

 ……しあわせに、浸っていられたのは非常に短い間だけだった。

 いえ、マーティンとのお付き合いに反対されたわけではないの。

 むしろ逆。

 国王陛下筆頭に、王妃様、カトリオーナ様、フランツィスカ様とその夫であるオリヴァー王太子殿下。

 それからマーティンのお兄様であるヴェルナー第二王子殿下にマルギット第二王子妃様。

 そのほかモードント王国の宰相閣下だの、王族の皆様並びに国政を担う皆様から「さっさと正式に婚約を!」と言われて、わたしとマーティンの婚約に向けて皆様動き出しちゃったのよ。

 ……いえ、ありがたいんだけど。

 マーティンの寝室にご令嬢を送り込んで既成事実を作ってでも、無理矢理にマーティンの婚約者の座を射止めてみせるという鼻息荒い無謀な貴族どもが、わたしの出現によって色めき立っている……らしい。

 あー、夜会で思い切り煽っちゃったから。

 正式にわたしがマーティンの婚約者ですと発表される前に、マーティンと関係を結べば、わたしからマーティンと奪い取れると思っているみたいなのね。

 で、国王陛下がたは、そういう貴族たちに激怒しているのだ。

 もともと、マーティンがヴァイセンベルク王国に留学という名の逃亡をしたのだって、そういう過激派のせいで。

 そんな過激な実力行使をしてくる人間を、陛下がたは嫌っているの。

 とはいえ、そんな者たちだって、このモードント王国の、ちゃんとした貴族の一員で。嫌いだからって即座に放逐っ! とかはできないんだよね。

 だから、一刻も早く、わたしとマーティンを婚約させて、それを公表してしまいたい……というのが王族の皆様の意向。

 で、ここで問題になるのがわたしの身分。

 侯爵とか公爵くらいの身分でなけりゃ、第三王子であるマーティンにふさわしくないっ! って、絶対にそういう過激派の皆様から文句が付けられる。

 うん、だってわたし、モードント王国の貴族ですらないのよ。

 次期王妃となるフランツィスカ様の母国であるヴァイセンベルク王国の貴族ですって言っても、たかが伯爵家の娘。しかも三女。

 領地は大きくないし、目立った特産物があるわけではない。

 借金はない健全経営だけど、裕福ではない。

 王族に嫁ぐための、持参金なんてものすら、用意は……できないんだよね。

 国益にならんって言われるの、必至。

 だから、わたしはどこかの高位貴族の養女となって、そこの後見を得て、マーティンに嫁ぐ……という形を取るのだ。

 で、わたしを養女にしてくれる高位貴族……が、いないのではなく。

 やるっ! と名乗り出てくれた皆様にも……問題が、というか、国内貴族の派閥バランスがね……。

 モードント王国の貴族は、大きく分けて、三つの派閥に分かれている。

 筆頭は、モードント王国の宰相を中心とする穏健派。現国王陛下を治世を支えて、国政に携わっている皆様ね。

 陛下からの信も厚いし、文官、武官あたりにも顔が広い。最大派閥の余裕か、元々なのか、人格者が多いんだよね。

 で、宰相閣下がわたしの養い親になってくれるという話も出たんだけど……、そうするとこの穏健派の勢力が大きすぎちゃうんだよね。

 今だって、残り二つの派閥に対して、二対一になっているんだけど、一であるはずの穏健派のほうが権力を持っているんだって。

 残りの二つの派閥は……、マーティンを狙っている武闘派で、超過激派閥とやや過激派閥とに二分されている……。手を取り合えば、穏健派に対抗できるけど、超過激派とやや過激派の間にも、過去の確執があったりで、なかなか仲良くはなれないみたいな感じなんだって。

 もちろんそんな過激派閥の貴族に、わたしの後見を任せるわけにはいかない。

 で、マルギット第二王子妃様かフランツィスカ様のご親族に後見をしてもらったほうがいいのでは……ということになり……。

 いろいろ協議の結果、わたしはフランツィスカ様の叔母であるナディア様と養子縁組をさせてもらうことになった。

 ……おおう! わ、わたし……単なる伯爵令嬢で、しかも跡取りでもない三女だったんだけど……。ナディア様って、元王女様で、今は公爵夫人よっ! つまりわたしは公爵家の養い子になるの……。

 あ、あああああ。おおごと……。

 ま、第三王子殿下の婚約者としてふさわしい身分にさせてもらったことをありがたく思わねば……。ま、マルギット第二王子妃様のお身内扱いにしていただくより、フランツィスカ様の叔母の養女であれば……まだ、気が、楽……、かな……。

 気は楽だけど、ご挨拶にお伺いしないといけないのよね。

 さすがに、書類だけで養女になって、それで済ますというわけにもいかない。

 それに、わたしもマーティンもだけど、婚約が決まった以上、ヴァイセンベルク王国の貴族学園なんかでのんびりと授業を受けている暇はないのよね。

 マーティンはともかく、わたしっ! 王子妃教育を受けないとっ!

 カトリオーナ様の音読係のお仕事と、文官採用試験で、王子妃教育の大部分を既に学習済み……ではあるけれど。社交とか茶会とか、王族としてのマナーとか覚えないとっ!

 あ、あああああ、やることがいっぱい……。

 マナーは後で、とにかくナディア様にご挨拶最優先っ!

 というわけで、わたしはマーティンと共にヴァイセンベルク王国に戻って、ナディア様にご挨拶して、学園の退学手続きをして……。ついでに、わたしの実家というかディール伯爵家にも事情の説明くらいはしないとなーって。

 いやもう、お父様とお母様には何の期待もしていないし、ユリア姉様とクルト様が継ぐディール伯爵家なんかとは、いっそここで縁を切ってしまったほうがいいわって思ったりしたけれど。

 そうはいかなかった。

 一応、お父様宛てに、ナディア様のところの養女になって、マーティンに嫁ぐから文句は言わないでよね……的な内容の手紙だけは送っておいたのよね。

 そうしたら……。

「ユリアが妊娠した。学園を卒業してから結婚式を挙げるつもりだったが、そうはいっていられなくなった。結婚式は二週間後だ。式には参加するように」

 なんていう手紙が届いてしまった。

 に、妊娠っ⁉

 しかも、二週間後に結婚式⁉

 いったい何の急展開⁉

 とにかくあれやこれやで。わたしは至急の帰国を余儀なくされたのだ……。




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