第24話 ある意味衝撃
わたしの実家であるディール伯爵家にたどり着いて、即座に受けた衝撃。
なんだ、これは。
わたしは目を疑った。目を擦って、もう一度それを見た。
ナニ、コレ。
わたしがマーティンと一緒に、ディール伯爵家の玄関ホールに足を踏み入れた途端、わたしが見たもの。わたしが、衝撃を受けたもの。
それは……。
ユリア姉様、だった。
いや、ユリア姉様だよね?
ご本人様、だよね?
……わからない。なので、聞いてみた。
「あ、えっと、あの。……ユリア姉様、です、よ、ね……?」
「帰ってきて開口一番、ナニ言ってんのよザビーネ。見ればわかるでしょうに」
いえ、見ても分からなかったんです。
わたしと相対している、あなたが、ユリア姉様だということに……。
だって、ユリア姉様……、めちゃくちゃ太っているっ!
推定体重、倍以上っ⁉
折れそうな腰はどこ行った⁉ まるでビア樽……。
顔なんて、むくみでぱっつんぱっつんで、まんまる……。
妊娠しているにしたって、この太りようはあんまりだ。
「ど、どうしたの、ユリア姉様……そのお体……は……」
「食べつわり」
言いつつ、手にしてるパンをもぐもぐと……。
「常に食べていないと、胸焼けして気持ち悪くなるの」
マジですか、お姉さま……。
あざといくらいな可憐な可愛さはどこに行った……。
ぶっちゃけこっちのほうが、個人的には好ましいですけど……。なんか、愛嬌があって。
いや、しかし。
たかが数か月会っていなかっただけで、可憐なスレンダー美人が、実に、にくにくと。
あ、にくは憎いではなく肉ですよ……とか。
ええと、わたし、なにを言っているのだろう……。
ちょっと混乱。
あと動揺。
あまりの違いにめっちゃ呆然。
よろり……と。わたしの傾いた体を、マーティンが支えてくれた。
「えっと、そちらのご令嬢が、ザビーネのもう一人の姉君?」
わたしが話していたユリア姉様の容貌の違いに、マーティンもちょっと驚いているみたい。
「あ、うん」
「ユリアよ。あなた、誰?」
訝し気に、ユリア姉様はマーティンを睨みつける。
「初めまして。ザビーネと婚約を結ばせてもらいますマーティン・R・アシュクロフトと申します。将来、ほかに継ぐべき爵位も有していますが、とりあえず、現在はモードント王国の男爵位を拝命しております」
にこって、笑うマーティン。
あー……、第三王子の身分を名乗るつもりはないのね。
「……ふーん、ま、いいわ。せっかく来たのだから、お茶くらい淹れさせる。ラフェド、用意をお願い」
「かしこまりました、ユリアお嬢様」
ユリア姉様の後ろに、影のように控えていたラフェドが頭を下げる。
ディール伯爵家の次期執事……というか、今はまだ見習い。わたしたちと同年代だから、ある意味幼馴染み、みたいなものなんだよね。
元々はジェニファー姉様付きだったんだけど、ジェニファー姉様がモードント王国に行って、このディール伯爵家はユリア姉様が継ぐことになったから、ラフェドもユリア姉様の指示に従っているのか。
昔から、ラフェドはユリア姉様と割と仲良かったというか、気安い感じだったけど。執事服をきっちりと着こなしている今のラフェドは、あまり感情を顔に出さないというか無表情。
「じゃ、行くわよ」
どすどすと歩いていくユリア姉様の後について行く。応接室に着いて、そして、ソファに座る。
「ふうっ! お腹が重くて、立ったり座ったりも大変よ」
……ユリア姉様。まだ、そんなにお腹は目立ってませんが? 重いのは、お腹の子、ではなく、ご自分のお肉では……。
なんて、さすがのわたしも言えずにいた。
「ザビーネの帰国が遅くなっているから、何かあったのかと思っていたけど。まさか婚約者を捕まえてくるとは。予想もできなかったわ」
ユリア姉様のお太りあそばした、そのお体のほうが予想外ですけど……。
「ええと、すみません。オレとの婚約が確定するまでいろいろありまして。ご挨拶が遅れました」
いろいろで片付けるかマーティン。
まあ、でも、ユリア姉様に細かく説明することもないわよね。
「で? ザビーネは学園を退学して、そちらの……えーと、マーティン様? に嫁ぎたいのね?」
「うん。必要な書類とか、手続きとかはほとんど済んでいるの。あといくつかの書類にお父様のサインが必要なだけで」
「お父様になんて頼んだら、あーだこーだと面倒よ。いいわ、あたし、もうディール伯爵代行として、実務にも携わっているから。あたしのサインでも事足りるでしょ。貸しなさいよ。書類にサインくらい、いくらでもしてあげる」
「え……、ユリア、姉、様?」
「ああ、別にザビーネの為なんかじゃあないわ。行く先ができたのなら、さっさとアンタに出て行ってほしいだけ」
それって、もしかして、クズ男との新婚生活をするのに、わたしが邪魔だから、とっとと出て行けっていうこと?
……まあ、出て行くつもりだけど。この家には戻る気もないけど。
マーティンが、無言で必要書類をテーブルに広げた。
ユリア姉様は、その書類をじっと見てから、手にしていたポーチから筆記具とかディール伯爵家の印章なんかを取り出して、どんどん書類にサインをして、更に印章を押していく。
「さ、これでいいでしょ。さっさと荷物、まとめたら?」
「あー、うん」
追い出されるみたいな感じだけど……。なんだろう、なんか変。
いや、わたし、ユリア姉様には嫌われているし、わたしだって嫌いだけど。
さすがに、これはおかしい気がする。
訝し気に思ったところで、応接室のドアがいきなり開いた。
「……ザビーネが帰ってきているって?」
入ってきたのはクズ男、クルト様だった。
ユリア姉様が舌打ちをした。
そして、立ち上がって、クズ男のほうに向かって歩く。
「ええ。帰って来たけど、すぐにもう出て行くわ」
手を広げて、クズ男の視線を遮るように。
「ふーん」
だけど、クズ男のほうがユリア姉様より背が高いから。
わたしは、ユリア姉様の頭越しに、クズ男からじろじろと見られてしまった。
「ついこの間までは乳臭いガキだと思っていたけど。なんだ、ずいぶんと立派な淑女になったなあ……」
舐めつけられるような、視線。値踏みでもされるような……。
うわ……気持ち悪い。
「だから、なに? クルトには関係ないでしょう。ザビーネはもうこの家を出るの。はい、さようなら」
「サヨウナラじゃあないんだよ、ユリア。デブになったお前と婚姻を結ぶのは、さすがにアレだよなあ……って思っていたところなんだ。ちょうどいい」
「……何が、ちょうどいいのよ」
クズ男を睨むユリア姉様。
あれ? ジェニファー姉様から略奪するくらい、あなたたち、相思相愛とかだったのでは……?
なのに、クズ男が言ったのだ。
「政略による婚姻に過ぎないのだから、婚姻相手をユリアからザビーネに代えても不都合はないよなってことだよ」
どこかで聞いたようなセリフを吐いて、クズ男はにやりと笑った。
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