第25話 怒り
姉から妹に、婚約者を代える……?
なに言ってんのこのクズ男。
馬鹿なの?
ジェニファー姉様との結婚式の時に、ユリア姉様のほうがいいって言ったのはどこの誰よ。
しかも、ユリア姉様のお腹には、クズ男の子どもまでいるんでしょ?
ユリア姉様との結婚式だってもうすぐなんでしょう?
この状況で、家と家との政略だから、婚約者を姉から妹に代えてもいい……って、ホント、なに言ってんのこのクズ。
一度、ジェニファー姉様からユリア姉様に婚約者を代えたんだから、今度はそのユリア姉様からわたしに婚約者を代えるのだって、できて当然とか思っているの?
ふざけてんの?
言いたいことが多すぎて、逆に言葉が発せられない。
だけど、クズ男はべらべらと喋る。
「ユリアもさあ、痩せてるときはかわいかったのに、ぶくぶく太って、見る影もないじゃないか。こんな女と結婚するなんて恥ずかしいと思っていたところだったんだよ。その結婚式直前に、ザビーネが帰ってきたのは僥倖というものだろう。ああ、神の啓示かもしれないか。ユリアはやめて、ザビーネを娶れと。そうそう、ザビーネ。いつの間にそんなにも立ち居振る舞いが優雅になったんだい? この俺の妻としてふさわしくあるよう、いろいろと頑張ったのかな?」
ニヤケるクズ男が気持ち悪い。
……ふざけないでよ。
わたしは、ジェニファー姉様の側に居たいがために、それから、マーティンにふさわしくありたいがために、全力かけて頑張ってきたんだ。
お前のようなクズ男のためじゃない。
勝手な妄想でニヤケるな、気持ちが悪い。
殴ってやろうと一歩前に踏み出した、そのとき。
いきなりマーティンが、右の腕を振り上げながら、クズ男目掛けて走り出した。
「ふざけるな貴様っ! ザビーネはオレの婚約者だっ!」
マーティンの拳がクズ男の顔に当たり、クズ男の顔が引きちぎれるほどに横を向いた。
「ぐえぇっ!」
クズ男の体が吹っ飛んで、壁にぶつかると、蛙が踏み潰されたような声を出した。
「ここがヴァイセンベルク王国ではなく、モードント王国だったら、即刻首を刎ねてやれるのにっ!」
額に、縦に太く、青筋が張っている。
初めて見た。マーティンが、こんなふうに怒りを表している顔を。
きっと、わたしのために、怒ってくれている、顔を。
……惚れる。
いや、そんな脳内お花畑状態になっている場合じゃないんだけど。あ、あああ、マーティン素敵。
「お、俺は伯爵家の人間だぞっ! この俺を殴るなんて……、お、お、お前、不敬だぞっ!」
クズ男は叫ぶけど。
不敬?
たかが伯爵家の三男が、隣国のとはいえ、王族に向かって?
馬鹿じゃないの……って、クズ男は、マーティンが王族ってこと、当然知らないか。ディール伯爵家の使用人とでも思っているのかしら。
それをわたしが言ってやろうと思ったのに。
「あははははは、クルト、馬鹿ねぇ」
ユリア姉様が、蔑むような笑い声を立てた。
「な、なんだよユリア……」
「馬鹿なクルトに教えてあげる。そちらのかたはねえ、モードント王国の第三王子でいらっしゃるマーティン殿下よ」
「……は?」
クズ男はポカンとした顔になったけど。
ええと、ユリア姉様。なんでマーティンがモードント王国の第三王子って知っているの? だって、さっき、マーティンはユリア姉様にマーティン・R・アシュクロフトって名乗ったのに。
「隣国のとはいえ、王子殿下の婚約者であるザビーネを、自分の婚約者にするですって? 無知って言うのはホント愚かしいわよねえ」
くすくすと笑うユリア姉様。
「ま、そんな馬鹿なアンタなんかとの婚約がなくなってよかったわ。ありがとう。もうアンタに用はないから、さっさと帰れば?」
「ユ、ユリア……」
「デブなあたしはみっともないんでしょ。ああ、あたしだって、王子殿下の婚約者を奪おうとする愚か者との婚約なんて、なくなって嬉しい以外の言葉はないわ。そうそう、感謝の表明として、ちょっとだけ教えてあげる。あたしとアンタの婚約がね、なくなれば、ペナルティが発生するの。お家に帰ってパパとママと一緒に婚約の契約書を確認しておいてちょうだいねぇ」
「は? ペナルティ?」
「そうよ、ちゃんと契約書、確認してないでしょうクルト。ふふふ。結婚式にフランツィスカ第二王女殿下を招待しておきながら、その結婚は成り立たなかった。式の途中でアンタは花嫁変更を叫んだ。つまり、わざわざ来てくださったフランツィスカ第二王女殿下のお顔を潰したも同然なのよ。なのに、あたしとクルトの婚約が成立した。さあ、どうしてかしらねえ……」
「あ、え……?」
クズ男はユリア姉様の言葉がいまいち理解できないようで、戸惑っているけど……。わたしも、あれ? って感じで……。
というか、ユリア姉様どうしたのって聞きたい。
ジェニファー姉様の結婚式の時、舌足らずな甘ったるい声でクズ男に抱き着いたのはユリア姉様でしょう? 前に「あたしとクルト様は純愛なのよっ!」とかも言っていたはずなのに。
えーと、お太りあそばしたら、性格が変わった……? あ、あれ? どゆこと?
戸惑う。
ユリア姉様をどう判断していいか、わからない。
「ああ、アンタ程度の頭じゃあ、考えてもわからないわよね。ま、どーでもいいわ。これ以上、アンタに説明しても無意味だし。とりあえず、さようなら」
ユリア姉様がパンパンと手を打つと、うちの下男たちがやって来た。
「そいつを馬車に放り込んで。ヴィット伯爵家まで送り返して」
ずるずると引きずられていく、混乱した顔のクズ男。
「ユ、ユリア姉様。一体どういうこと……」
考えても分からないのはクズ男だけじゃなくて、わたしもだ。
「ああ、ザビーネも分からないか。詳しい説明、聞きたい?」
もちろんだ。このままでは何が何だかわからない。
「そうね、簡単に言えば、ジェニファー姉様のために怒っているのはあたしだけじゃないの。フランツィスカ第二王女殿下もなのよ」
「へ? フランツィスカ……様?」
ふふふ、と、いたずらがバレた時の子どもみたいな顔で、ユリア姉様は笑った。
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