第15話 選択
落ち込んでいても、時は巡る。そう、二次試験が始まった。
状況的にマーティンのことは一時保留。
なにがなんでも試験に、合格しなきゃ。
わたしの配属先はなんと王太子妃宮。
つまり、フランツィスカ王太子妃様のところだった。
「あの……これって、なにかの作為とか、忖度とか、ありますか?」
いや、フランツィスカ王太子妃様のところと言ったら、当然ジェニファー姉様もいるし、わたしにとっては幸せなのだけれど。
どう考えても、優遇というか、作為性を感じるんだけど……。
「あら、あたくしがザビーネの推薦者なのだから、二次試験の配属先の、優先権を有しているに決まっているじゃないの」
と、フランツィスカ王太子妃様は高笑いされたあと……、
「ヴァイセンベルクにいたときは、あなたの価値はジェニファーの妹という程度しかなかったのに。恐ろしいほどの急成長。そんな有能な人材を、このあたくしが逃すはずもない」
と、真顔になられた。
こ、これは、お褒め頂いていると思っていいんだよね?
まあ、たしかに。ジェニファー姉様の結婚式のあたりまでは、フランツィスカ様にとってはわたしなんて、眼中にないというか、ジェニファー姉様の付属物の一つ……でしかなかったと思う。
貴族学園にだって入学もしていない、特筆することなど何一つない、ごく平凡な貴族の娘。
「まあ……正直に話すと、ザビーネがここまで急成長するとは思ってもみなかったわ。『そうなれば、あたくしには有能な侍女を一人、それから未来の有能な文官を一人、得られることになるの。ジェニファーだって、妹の未来のためなら、頑張れるでしょう? みんな得をして、誰も損をしないわ』そう告げたけれどね。ジェニファーが、あんなクズ男のことをさっさと忘れて、あたくしの元で働いてくれればそれでよかったのよ」
ま、まあ、そうだろうな……。うん、わたしのことは、ついでに拾ってもいいわよ程度だったはず。
それでも、フランツィスカ様は、一次試験に合格したわたしに、きちんと推薦状を書いてくださった。
「あたくしの元で、五日間の研修。よほどのことがない限り、あたくしはザビーネ、あなたに合格を与えるつもりよ」
「あ、あの、研修を受ける前ですが、よろしいのですか……?」
わたしは一次試験に合格しただけで、実務の経験など何もないのに。
「あら、わずかな期間でモードント王国語を完璧に話せるようになっただけでなく、前王妃カトリオーナ様の音読係を務めることができた。更には一次試験合格。今回の試験でザビーネほど将来性がある人間はいないわよ」
「しょ、将来性……」
「気合と根性もね。一次試験の得点は、あなたより高い者は幾人もいた。だけど、あなたほど熱意がある者はいない。あたくしのところで不合格になったとしても、ザビーネを欲しがっている部署はいくつもあるのよ」
「え、ええっ!」
「むしろ、あたくしにわざと不合格を出して、こっちにザビーネをまわせと言ってきた人たちもいるくらい」
まあ、渡す気は、ないけれどとフランツィスカ様。
「ほ、ホントですかっ! だ、だれ……」
聞いていいのなら、知りたい。
わたしを評価してくださった人がいるなんて……。
「まずあたくしの夫であるオリヴァー・S・モードント殿下」
王太子殿下……っ! って、王太子宮の文官⁉ なにそれ超エリートっ! なりたくてもなれるものじゃあない。
「次に前王妃カトリオーナ様。現国王陛下に王妃様。第二王子と第二王子妃」
「……あ、あの、王族のかたばかり……って、マーティンと友誼を結んでいるから、単に興味があって声をかけてくれているのでは……」
そう言ったら、フランツィスカ様は笑った。
「王族による忖度なんかじゃあないわよ。宰相に外相、女官長なんかも、声をかけてきたわ。文官にならないようなら女官として仕込むから回してくださいって」
お、おう……、わたしの評価が高すぎる……。
「試験の評価を公正に見ただけではなく、ザビーネ、あなたがこのモードント王国に来てから今まで、あなたが行ってきたことすべてが評価されているの。それから、第三王子殿下のお気持ちも、既に陛下がたに知られているわ」
「えっ!」
「つまり、文官の道を選ぶのも、第三王子の手を取るのも、あなたが自分で選んでよいということよ」
選んでいい。
わたしが。
自分で?
「フランツィスカ様……、その、わたしが、マーティンを選んでも選ばなくとも良いと……?」
「ええ。陛下も王妃様も、王命で第三王子殿下の婚約者にあなたを据える気はないと言っておられたわ」
優しすぎる……。
マーティンと結婚を命じるのも、逆に、わたしなんかマーティンにはふさわしくないって国外追放にするのもできてしまうのに。
なのにわたしに選択肢を与えてくださる。
ああ、さすが、マーティンのご両親なのだなあ……。
「ま、あたくしはね。ジェニファーと一緒にあたくしの元で働いてもらっても構わないし、あたくしの義妹になってもらっても構わないのよ」
「義、妹……」
あ、ああ、そうか。もしもマーティンと結婚したら。
わたしは第三王子妃となって……つまり、第一王子にして王太子を夫に持つフランツィスカ様と、義姉と義妹の関係になる……。
「どうしたいのかしら、ザビーネ」
「わ、わたし、は……」
「自分で選びなさい。それを支持してあげるから」
わたしはフランツィスカ様の後ろに控えているジェニファー姉様を見た。
ジェニファー姉様は、なにも口出しをしない。
それは、侍女という仕事をしている最中だから、だけではなく。
きっと、フランツィスカ様と同じように、わたしが自分で選びなさいと言ってくれているのだ。
「わたしは……」
きっと考えるまもなく、答えは出ている。
だけど、少しだけ、目を瞑って考える。
フランツィスカ様にもこの国の王族の皆様にも、きっとわたしは、すごく優しくされている。選択の自由を与えられているなんて、それ以上の優遇はない。
だから、これを言うのもきっと許してもらえる。
わたしは心を決めた。
「フランツィスカ様、お願いがありますっ!」
そのお願いを、わたしが告げたら。
フランツィスカ様は「良いわよ。準備は任せなさい」と、面白がるように、お笑いになった。
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