第16話 あれ、試験どこ行った?

 マーティンが参加する夜会があったら、わたしもそれに参加させてもらいたいとフランツィスカ様に言った。

「マーティンを、第三王子殿下としてのマーティンを、この目で見てみたいんです。できればこっそりと」

 貴族学園でほんの数か月だけ学んで。そして夏季休暇中に音読係の仕事を紹介してもらってこのモードント王国にやってきた。

 ここでは前王妃であるカトリオーナ様のところで学ばせてもらっただけ。

 そして、マーティンに王都を案内してもらっただけ。

 わたしはまだ学生だから、社交というものなんて、知らない。

 モードント王国のことも、書物ではかなり勉強したと思う。カトリオーナ様に命じられた音読、それから文官採用試験でも、必死になって、この国のことを覚えていった。

 だけど、その書物の記述や数字と、マーティンに案内してもらって実際に自分の目で見た王都は全く違った。

 紙の上の無味乾燥とした数字は、体験によって立体化し、さまざまに色づいた。

 そのくらいの違いがあった。

 だから、ちゃんと知らないと。

 学園でのマーティン。

 カトリオーナ様の前の、祖母と孫という関係のマーティン。

 友人として、素で接してくれている。

 それだけではなく、王族としてのマーティンをこの目で見たい。

 それには夜会とか遊園会とかで、王族の顔をしているマーティンを見させてもらうのが一番いいんだと思う。

 マーティンだけではなく、この国の王族というものがどういうものなのか。

 知らないで、選べない。

 きっと、個人としてのマーティンになら好意は持っている。

 普通なら、それだけでもいいだろうけど。

 だけど、第三王子とはいえ、マーティンは王族だ。

 背中を向けて去っていくのがさみしい程度の感情で、手を伸ばしたら、きっとわたし、いつか逃げ出したくなるんじゃないのかな。

 だけど、わたしも、マーティンのことが好きなら。

 そしてその感情が、友情だけじゃなく、愛情もあるのなら。

 逃げだしたくなんて、ない。

 王族の暮らしなんて単なる伯爵家の小娘でしかないわたしには、想像の範囲外。

 わたしがフランツィスカ様の義妹になることを選択するには覚悟がいる。

 ものすごい、覚悟が。

 その覚悟を決めるため、実際に夜会や遊園会なんかに参加している、第三王子としてのマーティンをこの目で見たい。

 それから考えたい。

 わたしが、どうしたいのか。

 マーティンの手を取りたいのか。

 それともマーティンとは友人のままでいて、わたしは文官としてこの国でジェニファー姉様の側に居るのか。

 そんなわたしのお願いを、フランツィスカ様は全て快諾してくださった。

「園遊会が十日後にあるから、それで良いわね」

 モードント王国では、毎年秋と春、王家主催の園遊会が行われる。午後のお茶の時間ごろから夕刻の時間にかけて、大勢の招待客が王城の庭にとやってくる。花が美しい庭園では、軽食が供され、音楽や余興などが添えられる。

 招待客たちは、しばし歓談を楽しむ。

 そして日が落ちる前頃に、大広間へと移り、陛下や王妃様のご挨拶を経てのダンス……という流れらしい。

 わたしはかげからこっそりと見るだけのつもりだった。ダンスなんて踊る必要はない。

 そのはずだったのに。

「園遊会に参加できるドレスを用意してあげるから。代わりに、ダンスのレッスンを受けなさい」

 そうフランツィスカ様に命じられてしまった。

 そうだ、ドレスっ! そんなこと、全然考えていなかった!

 侍女とか給仕の制服を借りて、壁際にいればいいかな……って。もしくは本当に給仕のお仕事でもさせてもらっても……とか。

「あら、冗談ではないわ。ザビーネ、あなた、あたくしの義妹になる可能性だってあるのだから。貴族の令嬢として園遊会に参加しなさい。ついでにジェニファー。あなたもね。その日限りはあたくしの侍女はお休みよ。ふふっ! 誰かに見初められるかもしれないわ」

「お、お待ちくださいフランツィスカ様っ!」

 ジェニファー姉様はもう結婚などどうでもよく、フランツィスカ様の侍女として一生を過ごせればそれで幸せだと言ったけれど。

「見初める云々は置いておいて、ザビーネを一人で園遊会に参加させるわけにはいかないでしょう。お目付け役、もしくは保護者ね。姉としての義務を果たしなさい」

 ああ……、ほんとフランツィスカ様はお優しいなあ。

 わたしのお目付け役なんて、あとから付け足した言い訳みたいなものよね。たまには令嬢に戻って気楽に参加しなさいとか、ジェニファー姉様のためを思って言ってくださっているのだろう。

「ジェニファーとザビーネのドレスはどうしようかしら。姉妹でお揃いのドレスを仕立てる……時間はないわね。既にあるものを手直しするしかないのが惜しい……。まあ、いいわ。そのうち機会があるでしょう。ジェニファーにもザビーネにも、これ以上もない素晴らしい衣装を着せるのは、後々のお楽しみに取っておけばいいのよね。うふふふふ」

 えーと、あの、フランツィスカ様?

 あの、その……眼光が、ものすごく鋭くていらっしゃいますが……。どうしてそんなにも気合が入っていらっしゃるのでしょうか……。

「ジェニファーは清楚美人だし、ザビーネはかわいらしいし。タイプは違うけれど、お揃いのコーディネートを試したい……。ドレスの趣は異なっても、アクセサリーをお揃いにすればいいかしら……。それとも色を揃える……?」

 ぶつぶつと呟かれるフランツィスカ様に、わたしとジェニファー姉様は、フランツィスカ様の衣裳部屋に引きずられるようにして連れていかれて。

 あれやこれやと、形も色も様々なドレスを体に当てられてしまった……。

 こ、これ、フランツィスカ様のドレスっ!

 仕立て代にいくらかかっているのっ!

 この、シルクに金の糸で刺繍が施されているドレスなんて、一着で屋敷くらい建つんじゃないかしら⁉

 ドレスに爪でもひっかけてしまったら……弁償できないわっ!

 ひいいいいいいいっ! と、血の気が引く思いで固まっていたわたし。

「ああ、やっぱり花柄がいいわね! ジェニファーはこの百合の花柄に銀糸の刺繍のドレス。ザビーネはこのブルースターに似た青い小さな花がいくつも刺繍されているドレスにしましょう。かわいらしいし、青は第三王子の色でもあるわね。んんー、裾に金糸で刺繍を増やして華やかさを……、いえ、それより白のリボンとレースで清楚感を増したほうがいいわ。華やかさは……、そうね、ザビーネの髪に、金紛を散らしましょうか……。ジェニファーには真珠の粉を……」

 お、おおう……。フランツィスカ様がうきうきと、わたしとジェニファー姉様のドレスを決めていく……。

 ありがたいのと困惑半々。

 更にがっつりとマナーやダンスのレッスンを受けた。

 えーと、わたし、フランツィスカ様のところには、文官の二次試験に来たはずなのに。あ、あれ? 試験どこ行った? 合格ってことで……、あとは、フランツィスカ様のご随意に、ということ?

 い、良いのかなあ、これで……。











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