第17話 園遊会

 園遊会に参加させていただいて、遠巻きに、こっそりと、マーティンや王族の皆様を観察するつもりだった。

 ……だった。

 過去形。

 園遊会っていうのは、王城の美しくも麗しい庭で、自由に歓談して過ごすだけではない。社交。貴族同士のパワーバランス。暗黙の了解に、序列。

 国王陛下が誰とどの順番でお話されるとか。

 過ごす位置というか、行っていい範囲とかも決められている。

 下級貴族なら、噴水庭園の付近。

 上位貴族なら、緑いっぱいに覆われたフラワーアーチよりも城に近い辺りというように。

 別に移動してはいけないということはないけれど、場所を大きく外れる者はいない。

 で、わたしは自国では伯爵令嬢ではあるけれど、この国ではカトリオーナ様の音読係か文官使用試験を受験中の受験生という立場でしかない。

 ジェニファー姉様だってそう。王太子妃付き侍女でしかない。

 本来ならば、末席に近い辺りに居なければならないはず。

 だから、遠巻きにって思ったのに。

 ……今、わたしは、カトリオーナ様の弟君であるマクバーニー公爵閣下ご夫妻とご一緒させていただいております……。

 更には、宰相閣下だの国の重鎮のかたがたとも歓談を……、ええ、にこやかに歓談を……、させて、いただいて、おります……。

 ど、どこが、遠巻き……?

 しかも、皆様わたしのことをご存じでいらっしゃる……。

「おお、君があのザビーネ嬢か」なんて。

 あのってなんですか、あのって⁉

 たしかにわたしは前王妃様の音読係をさせていただいた。だけど、それは公式な仕事ではない。私的に雇われているだけ……のはずだよね?

 文官試験で二次試験に合格は……公式か。それも、王太子妃であるフランツィスカ様に合格をもらったって……。

 あ、ああ。そうか。そりゃあわたしの名前くらいは、ご存じ……です……ね。

 それだけではなく、マーティンから「オレのお嫁さんになってね」だとか、真っ赤な顔で「本命の女だけは、この顔の威力が通じない上に、考えているのはいかに実力をつけて姉君の元へとたどり着くか、だけなんですよっ! ザビーネの頭の中は姉君のことばかりっ!」と言われ、そして、カトリオーナ様からマーティンが「ヘタレ」呼ばわりされたことも、皆様既にご存じで……。

 マクバーニー公爵閣下ご夫妻も、宰相閣下も、なんだったら第二王子殿下も、国王陛下までっ!

 わたしに向かって「で? そろそろ諦めて、マーティンの婚約者になるかい? なってくれるのなら、我が国の、どこかの貴族の後見を受けてもいいし、いっそ、養女になってもらったほうが、話が早いか。こちらで選んでおくから、大船に乗っていなさい」とか、冗談交じりに言ってくるのよ……っ!

 あ、あああ……。

 わたしが、どうこう考える前に、外堀が、ずんずんずんずん埋められてきている……ような気が、する。

 い、いや……、その、嫌では、ないのだけれど……。

 陛下も、王妃様も、どうして単なる他国の小娘でしかないわたしを、排斥しないのかしら……。

 わたしなんて『第三王子殿下』にふさわしくはないと思うんですけど……。

 だけど、王族の皆さまや、国の重鎮の皆様はあたたかくも温い感じに歓迎ムード。

 歓迎と真逆な視線を送ってくるのは、きっとマーティン狙いであろう、着飾った美しいご令嬢の皆様やそのご両親であろう人たち。

「あのご令嬢はどこの誰?」「何で、王族の皆様とご一緒しているの?」みたいな視線がビシバシと飛んでくる。

 視線の圧力が、すごい。

 怖いというか、痛いくらい。

 わたしも顔が引きつりそうになる。

 ううう、マーティン様、なんとかしてっ! って言いたくなるけど……、そのマーティンと言えば、園遊会は欠席。

 なんだとおっ⁉ 

 思わず八つ当たり的に叫びたくなる。

 マーティンという防波堤なしで、この状態。

 めちゃくちゃ胃に痛い。

 ジェニファー姉様という、胃痛緩和剤がいるから何とか笑顔を顔に貼り付けられていますけどねぇ。心の中では、逃げたいとか、もう勘弁して、とか思っているわよ本気でっ!

 陛下がたによると、こんなふうに、比較的自由に交流できちゃう場では、マーティンが登場すると阿鼻叫喚の騒ぎになってしまうとのことだった。

 以前はマーティンも、ちゃんと王族として、園遊会に参加し、多くの貴族の皆様と談笑……をする予定が、取り囲まれて、ご令嬢がたの熱いバトルに巻き込まれて、這う這うの体で逃げたとかなんとか……。

 美形の王族。しかも第三王子なんていう、地位はあっても、王太子殿下ほどの重責を担わずに済む立場……なんて、喉から手を出しても欲しいみたいなのよね……。

 比較的楽して贅沢できるものねえ。

 だから、ご令嬢も、そのご両親たちも、あの手この手でマーティンと婚約を結ぼうとする。手っ取り早く既成事実を作って、マーティンが逃げられないように責任を迫る……とか。

 媚薬入りの紅茶なんて日常茶飯事。

 迫りくる恐怖……。

 そんなこんなで、マーティンが顔を見せるのは、園遊会の後のダンスのときだけ。

 しかも誰とも踊らずに、陛下や殿下たちが最初に踊って、そのときだけダンスホールに顔を見せて、そして、陛下たちのダンスが終わるや否や、兵に取り囲んでもらって、離宮に逃げる……っていうことを繰り返してきたらしい。

 下手にダンスホールに残っていると「わたくしと踊ってくださいますわよね? 踊ってくれるまで手を放しませんわよ」とか迫ってくる、侯爵令嬢だの伯爵令嬢だのに捕まって、にっちもさっちもいかなくなる……らしい。

 こ、怖いなあ……。

 よくもまあ、マーティンは女嫌いにならなかったものだ……って、なりかけとかではあったのかな? この国から隣国に逃げるように留学してきたものねぇ……。

 まあ、それで、わたしはマーティンに出会えたんだから、僥倖なのだけど……。

 恩ばかりが溜まっている。

 でも、負債の一括返還的に、マーティンと婚約というのはどうしても嫌だ、というより、そんな感じに婚約したら、マーティンに申し訳ないと思うの。

 だって、マーティンは、こんな迷惑をかけてばかりのわたしをちゃんと好きになってくれたんだ。

 わたしのどこがいいのか? とかは、ちょっと横に置いておくけど。

 わたしがマーティンの手を取るのならば、わたし、ちゃんと、マーティンがわたしにくれた気持ちと同じ気持ちを返したいのよ。

 そうでないと失礼だと思うの。

 好きって言われたら、同じくらいの好きを返したい。

 だから、わたしが心を決める前に、外堀を埋めるのはやめてほしいなー……なんて。

 いや、そんな文句は贅沢だってわかっているの。

 第三王子殿下に見初めてもらったのなら、ありがたくお話を受けるべきっていう考えが、貴族なら当たり前なのだろう。

 国王陛下だって、マーティンだって、わたし程度の伯爵令嬢相手なら、いくらでも強権発動できるのよ。

 わたしが、選んでいい、なんて。

 だから。

 わたし、ちゃんと心を決めないといけない。

 もしもマーティンの手を取るなら。

 わたしだって、マーティンにふさわしい令嬢にならないといけない。

 もしもマーティンの手を取らないのなら。

 今後一切、マーティンとは会わないくらいの覚悟がいる。

 いつまでも、マーティンの優しさに甘えていてはいけない。

 正直迷う。

 だけど、尻込みするのも、ごちゃごちゃ考えるのもわたしらしくないわよね。

 迷うくらいなら突き進め。

 視野なんか狭くていい。欲しいものがあるのなら、全力をかける。

 それが、わたしのはず。

 ジェニファー姉様と一緒に居たいという意気込みだけで、文官試験の合格を取ったみたいに。

 たぶん、マーティンが王族じゃなかったら。

 たぶん、迷わなかったのだと思う。

 だけど、躊躇してしまうのは……、王族という重さ。それなんだ、きっと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る