第10話 堂々巡り

「あの、そもそもわたしのどこを見て、好きになったりするの……」

 不思議だ。

 ジェニファー姉様みたいに清楚で百合の花のような素敵な女性ならね、一目惚れとかもあるだろうけど。

 わたし?

 ごく普通。

 平凡。

「特筆するようなところが一切ない、平凡な伯爵令嬢のわたしのどこを気に入ってくれたのかしら……」

 思わず声に出してしまった。

「……ザビーネって、自分を知らないよね」と、マーティン。

 同意するみたいに、前王妃様も「そうね」とお笑いになった。

「あのね、オレはね。この国で生まれたときからものすごーくちやほやされまくって。大勢のご令嬢たちから婚約して結婚してとか迫られまくって。既成事実とか作られる寸前まで行ってて」

 き、既成事実⁉

「目が血走ったご令嬢たちが、大挙してやってきて、誰から行くか、なんて順番を決めだして。なんとか逃げたけど。しばらくの間はオレ、離宮の奥に引きこもって、しくしく泣いていたよ。どこか遠くに、オレのことを誰も知らない国に行きたい……なんて」

 ……この国のご令嬢は武装狩猟系なのだろうか。自分たちから獲物を狩りに行く……。鳥とか猪とかじゃなくて、男性も狩ってしまう……とか? 

 こ、怖いなっ!

「あー、それで、第三王子の身分じゃなくて、アシュクロフトの名でうちの国に来たのね」

「本当はさ、入学式の前とかって、オレ、ちょっとびくついていたんだよ。そしたら、つたないモードント語が聞こえてきたから。小さい子みたいで可愛いなとか、うっかり思って」

「うっかりなの?」

「いや、今となっては幸運だと思うけどね。最初はびっくりしたよ。モードント語を教えてくれって。新手のアプローチかとも一瞬思ったけど、ザビーネ、本気でというか、すごい勢いで勉強するし、休み時間ごとに疑問点をオレに聞きに来るし」

「あ……、その節は大変お世話になりました。というか、まだまだ現在進行形で、お世話になりっぱなし……」

「うん、それは良いんだよ。むしろもっと頼ってって思うし。別に大変じゃないし。むしろ、もっとモードント語とかモードント王国のこととか、ザビーネに知ってもらいたいし」

「そう、なの?」

 自分の国のことを、知ってもらえると嬉しいとか、なのかな?

「最初はね、そんな感じだったんだけど。そのうち……なんていうか、その、ザビーネが、オレの国の文官試験を受けて合格すれば、学園卒業後、オレが帰国した後も、ザビーネとずっと一緒に居られるな、とか思うようになって……」

「うん」

「……文官試験、受かったら、オレの専属秘書とか、そういうのに採用しちゃおうかなとか思ったり」

「マーティンの補佐的な仕事? それはそれで楽しそうだけど」

「仕事だけのつながりは嫌だなとか、もっとこう……仲良くなりたいなとか……。だんだんと、その、オレは、ザビーネに、惹かれていって」

 ひ、惹かれてって……。うわあ、よく考えてみれば、わたし、こんなふうに恋心を告白してもらったのって初めてだったわっ!

 照れる。

 なぜ、わたしなんかを? とも思うけど。

 なんかこう……むずむずする感じ。嬉しい……のかな? いや、どうだろう……?

 正直な話、恋愛的な意味で好きだと言われても、即座にわたしの心に恋という感情が芽生えるわけじゃあないのよね。

 もちろんマーティンは好きだ。

 だけど、それは愛だの恋だのじゃない。

 得難い友人。もしくは恩人。

 それが一番近い言葉かもしれない。

「目的と目標があって、それに邁進しているときに、愛だの恋だのに気が回らないのはわかるんだよ。だから、すぐに告白なんてする気はなかったんだ。もっとのんびりと……。学園を卒業して、ザビーネが文官試験に受かって、オレの国で暮らすようになって。そのころに、周りを見たときに、あ、オレがいたって思ってもらえるようにというか、他の男なんて目に入らない状態にしておいて、そこでプロポーズでもすれば、受けてもらえるだろうって計画して」

 たしかに、その状態だったら。

 わたし、プロポーズされたら受けたかもしれない。

 だけど、愛しているから結婚をお受けいたします、ではなくて。

 ここまでお世話になっているから、嫌な相手ではないし、逆に友人としてなら好感を持っているし、ありがたくお受けします……という感じになる、かな……? どうかな……?

「結婚してから愛を育んでいって、子どもができるくらいまでに、相思相愛になれればいいな……ってさ」

 子ども。

 あ、そっか。

 そうだよね。

 結婚するということは、子を成すということだよね。

 マーティンは王族なんだし。

 結婚しても子はいないとかは基本的にダメだよねえ。

 第三王子なら、別に作らなくてもだいじょうぶかな。どうなんだろ。

 だけど、貴族の婚姻なんて、子を成すためにするようなものだよね。だって家の存続が一番大事なんだし。王族なんて、もっとだよね。王太子殿下と、その予備。予備って言ったら、失礼か。なにかあったときのために、王位継承権を持つ者は、大勢いたほうがいい。

 まあ、平和続きのこの近隣諸国で、暗殺やら政争やら戦争やら、きな臭いことは起こさないとは思うけど。

 フランツィスカ様だって、王太子殿下と夫婦仲はすごく良いって聞いたし。だったら、お子だって、すぐにお生まれになりそうだし……。

 あー、子ども……ね。

 えっと……。

 わたし、もしもマーティンと結婚とかしたら、マーティンと、子どもを作るような行為を……する、の……?

 できる……の?

 想像もつかない未知の世界のできごとのようだ。

 思考停止。

 わたしは思考だけではなく、体の動きまでぴたりと止めてしまった。

 わかんない。

 ぜんぜん、わからない。

「ご、ごめん……。マーティンのことは嫌いじゃないよ。友だちとして、大好きだし、恩人だし、ありがたいと思っているし。だけど、あの、いろいろと、わたしの想像できる範疇外……」

「……うん、そうだよね。ザビーネはとにかくモードント語を覚えて文官試験突破しか考えてないよね……」

「ううう、そうなの。とにかく試験を受けて、受かって、姉様と一緒に過ごせるようになって……。それから先のことはそれからじゃないと、何もかもが考えられないかもしれない……です……」

 マーティンの気持ちに、応えられるかどうかもわからない。

 そもそも、わたしの目標に到達するまで何年かかるかもしれない。

 それまで、返事保留……なんて、ひどすぎるし。

 マーティンだって、何年後とかには、わたしなんかよりもっと素敵な相手との、素敵な結婚が待っているかもしれない。

 王族なんだから、陛下のご命令で、他国の王女様と婚姻を結ばなくてはならなくなるかもしれない。

 かもしれない、ばかり。

 未来のことなんて、何一つ、結論を出せはしない。

 どうしよう……。

「マーティンの気持ちは嬉しいよ。わたし、好きとか言ってもらえたのなんて初めてだし。だけど、返事、考えられない。何年も待たせるくらいなら、今ここでごめんなさいしたほうがいいんじゃないかって思うくらいなんだけど、でも、お世話になりっぱなしで、マーティンとさよならするのも嫌だし……」

「友人と、恋人の、中間くらいのお付き合いをするっていうのは……」

「ごめんマーティン。わたし、マーティンに対して不誠実なこと、したくない」

 単なる友人じゃないけど。恋人になるのを何年も保留したままでいて、数年後にやっぱりだめだとかになったら。

「わたし、マーティンには感謝しているの。すごく助けてもらっている。恩人だっていうのに。わたししか、得しないような、マーティンに何にも益のない状態、嫌だ」

「益なんて、どうでもいいんだよ。オレが、ザビーネのことが好きだから、勝手に何でもしてるだけで。おばあ様の音読係の仕事を紹介したのだって、その、おばあ様の要求って、ものすごい高水準だから、語学習得どころか、ほとんど王子妃教育みたいなものだし。ザビーネが、おばあ様に認められれば、他国の令嬢だろうが何だろうが、オレの、第三王子の婚約者としてふさわしいって思ってもらえるっていう、そんな姑息なこと、オレだって考えているんだし」

「でも……」

「なあ、ザビーネ。オレはさ、ザビーネがオレのこと考えられるようになるまで何年でも待つから。だから、ザビーネはこのまま自分の目標に向かって突き進んでくれ」

「だけど……」

「申し訳ないとか、考えないでくれよ。友人から恋人に昇格するまで何年かかってもいいんだ。ただ、今すぐ友人ですらない、他人になってしまうのだけは嫌だ」

「ううう……」

 何年も待たせて、やっぱりマーティンは単なる友人よ、ごめんね。わたし、別の人と婚約するのなんてことになったら。

 不誠実、極まりないわ。

 それに……、もしかしたら。

 わたし……。

「愛だの恋だの、たぶん、わたし、毛嫌いとまではいわないけど、信じてないのかもしれない……」

「え?」

「ジェニファー姉様と婚約していたクルト様は、結婚式のその時に、いきなりジェニファー姉様を裏切ったわ。ユリア姉様との真実の愛とか言って」

 愛というものが、クルト様やユリア姉様のような、あんなものなら。

 ジェニファー姉様を泣かせてしまうようなものなら。

 わたし、あんなもの、いらない。

 そう、心のどこかで思ってしまっているのかもしれない。

「もちろん、マーティンは、クルト様やユリア姉様みたいな不誠実極まりない人間じゃないことはわかってる。だけど……」

 ぐるぐるぐるぐる。発展のない話ばかりを繰り返していたら。

 パンパンっと、前王妃様が手を叩いた。

「二人とも、ぐだぐだとつまらないことばかり言わないで頂戴。考えられない? ならば行動しなさい。動けば見える景色も変わるでしょう」

「おばあ様……」

「ホント我が孫ながら情けない。相手を慮っているだけでは何事も発展しないでしょ」

「……だけど、では、どうするべきなのですか」

「そんなこと自分で考えなさい……と言いたいところだけれど。ザビーネ」

「は、はいっ!」

「あなた先ほど『とにかく試験を受けて、それから先のことはそれからじゃないと、何もかもが考えられない』と言ったわね」

「はい」

「五日後、文官試験の選考試験が行われます。ザビーネ、それを受けなさい」

 え? 試験を……受ける……?


















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