第13話 第三王子様とのんびり楽しむ王都観光

 二次試験が始まるまで。わたしは前と同じように、前王妃カトリオーナ様の音読係の仕事をさせていただく……はずだった。

 なのに。

「少しゆっくりしなさい」

 カトリオーナ様にそう命じられてしまった……。

 わたしは仕事に来た上に、文官採用試験まで受けさせいただいて。

 ものすごく優遇されているというのに、のんびりなんて申し訳ない。

 そんなふうに告げたら怒られてしまった。

「隣国から我が国にやってきた。慣れない環境での仕事、それだけでも疲労はあるというのに、音読係の仕事をしっかりとこなし、その上一次試験にも合格したのよ。あなたの気力やら根性やらが、並外れてあるのはわかったけれど、そろそろ休まないと、体のほうが参ってしまうわ。最低五日は休みなさい」

 ありがたいのだけど……。

 ええと、休んでいる時間がもったいないな……。

「いえ、あの、前王妃様。わたし、体だけは頑健ですから」

 カトリオーナ様は溜息をついた。

「ああ、伝え忘れていたわ。ザビーネ、あなたにはあたくしを名で呼ぶことを許します。今後はカトリオーナ、もしくおばあ様と呼びなさい。それでどうしても、休むのが心苦しいというのなら、マーティンと一緒に王都の視察を行うことを命じます」

 待って。

 お名前呼びとマーティンと一緒の視察とを、同時に告げられてわたし、あたふたしてしまう。

 お名前はね、わたしの仕事を認めてくださって、それでお名前呼びをお許しくださるのかなあって、嬉しく思えるんだけど。

 おばあ様って。

 あの、わたしを、マーティンの嫁候補にするつもりですか? 既に身内扱い?それとも外堀、埋めてきてます?

 いや、その。嫌ではないんですけど、まだそこまで考えられないというか、覚悟ができてないというか、なんというか、ちょっと待って。

 わたしがなにか言うより早く、マーティンの顔がぱあああああと輝いた。

 うっ! 

 笑顔がまぶしいっ!

 さすが美形!

「それは素晴らしいご提案ですね、おばあ様。ではザビーネ。まず、王都郊外に位置するモルマントの丘を案内しよう。丘の高い位置にあるモルマント大聖堂から、モードント王都を一望できるよ。地理の勉強にもなるだろう。丘の中腹辺りには、女性に人気のカフェや雑貨店などが並んでいるんだ。一番人気のカフェの壁には、いろいろな国の愛の言葉が書かれているらしいから、一緒に見るのもいいと思うんだよ。語学はザビーネも興味があるだろ? ああ、サルブ川の川下りもいいね。川を渡ってくる風が気持ち良いよ」

 うきうきと。まさにそんな感じで。素晴らしい滑舌で、口を挟む間もなく。マーティンは、いろいろと視察スポットを提案してくる。

 だけど、ねえ……。

「そ、それって、視察じゃなくて、単に観光……」

 というか、デートコースでは……。

「何を言うザビーネ。ザビーネは地図や図録、統計の数字で、モードント王国のことは知っていても、実際にその目で見たことはないだろう」

「……この国に来るときに、馬車であちこち通ったよ。マーティン、一緒にいたのに」

「馬車の中から眺めていただけじゃ、知ったことにはならないだろ」

「そ、そうだけど……」

「書物を読むのも大事だ。だけど、実際にその目で見たほうが何倍にも理解はできる。遊ぶとか、休むとか、そういうのが申し訳ないと思うなら、おばあ様の言う通り、視察だと思って、オレに付き合ってくれると嬉しい。それも心苦しいというのなら、借りを返すと言う名目でオレに付き合って」

 返すどころか、更に負債が増えるとしか思えないんだけど。

 でも、せっかくのお誘いだ。ありがたくお受けしよう。

「う、うん……。ありがとう」

 というわけで。

 わたしは『第三王子様とのんびり楽しむ王都五日間の旅』とでも、副題をつけたくなるような、リッチで楽しい観光タイムを過ごしてしまった……。

 さすがマーティン。エスコートは完璧だった。

 見るものは素晴らしいし、食べるものは美味しかった。

 初日は、わたし、かなり恐縮してしまっていたんだけど、すぐに恐縮なんてどこかに吹っ飛んでしまった。

 丘の上から見たモードント王国の王都。

 整備された大きな通りに街路樹。

 行き交う人々の表情も明るくて。

 聖堂の天井画、ステンドグラス。

 サルブ川の遊覧船。

 見るものすべてが素晴らしいだけではなく。例えば「この聖堂っていつくらいに建てられたの?」とか、「天井画の作者はどんな人なの?」とか、ふと口に出したことをきちんと説明してくれるものだから。いろいろと興味が出てしまって。美術や建築様式の本を買ってしまった。それらの本を読みまくってしまったわ。

 知識欲も刺激されて。なんていうか、すっごく楽しかった。

 そして、五日目の最終日。

 最終日は王城で、と言われて。

 マーティンと一緒にのんびりとしたお茶タイムを楽しませていただいています……。

 薔薇の花びらを浮かべた高貴な香りのするお茶の、なんて素晴らしいことよ……。

 ああ、うっとり。

 素晴らしく晴れ渡った青空の下、王城の薔薇園のガゼボから見えるの満開の薔薇の花々。

 素敵な笑顔の王子様。

 夢のように美しい光景ね。

 薔薇はもちろん、マーティンのご尊顔もよ……。キラッキラに輝いているのよね……。

 ごきげんとか、ご満悦とか。そんな感じで。

 わたし、マーティンに案内してもらった王都が、すごく楽しかった。

 マーティンもわたしと一緒で楽しかったのなら嬉しいな。

 素直にそう思った。

 だから、ちゃんとお礼を言わなくちゃって思った。

「ありがとう、マーティン。すごく楽しい休暇だったわ」

「喜んでもらえたらオレも嬉しい。実は、たくさん考えたんだ。ザビーネに喜んでもらえるにはどうしたらいいのかって」

 照れたように、マーティンはそう言ってから、ふっとその表情を変えた。

「……楽しいって言ってくれて、嬉しい。だけど、本当は、オレ、知ってるんだ。オレと過ごすより、もっと、ザビーネが喜ぶことを」

 えっと? なにか、その言葉が胸に痛い気がする。別に嫌みとか言われたわけじゃないし、そもそもマーティンはそんなこと言わないし。

 だけど、なんだろう?

 マーティンと過ごすより、もっとわたしが喜ぶこと?

 ちょっと悔しいとか、そんな感じの顔になったマーティン。そのマーティンが、わたしに「ザビーネ、後ろを振り返って」と言った。

 後ろ?

 なんだろうと思いつつ、言われたとおりに後ろを振り返る。

 すると……。

「ザビーネ」

 笑顔のジェニファー姉様が、わたしたちのいるガゼボへとやってきたのが見えた。



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